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2020.07.23 Thursday

ディスタンスというものー映画『コロンバス』に寄せてー

 現下の新規感染者数の増加傾向について、専門家も見方が分かれています。これまでの対応から、過剰反応体質を身につけさせられた国民は疑心暗鬼になりがちです。私自身もそうした一人なのでしょう。このウイルスとの付き合いが長期にわたること、かつ社会経済活動の再開とは一定の感染を含意していることを、多くの国民が理解しています。にもかかわらず、宣言解除後の嘘のようにしばらく続いた感染状況を経験した私たちにとって、今回の増加は逆バネとして不安を増幅させています。

 こうした中、私たち国民にも政府にも冷静さが強くもとめられているものと、これも頭ではわかっていますが、政府への信頼を失った少なからぬ国民は、なおさら過剰な反応を選択することになります(たとえば「緊急事態宣言」の再発令とか法的な規制強化(ロックダウンのようなレベル)など)。それは決して、あまりいい結果を招くことにならないように思えてなりません。

 私たちとしては、基本的な衛生行動(「新しい生活様式」の基本のところ)を自らに課しながら、動揺して極端へと走ることのないように、私たちそれぞれの日常を淡々とおくることが大切だと思っています。でも、その日常というものは、千差万別というほかなく、とかく弱いところにしわ寄せが行くこと、そのことは忘れることのないようにいたしましょう。

 

 こんないま、基底に立ちかえることが重要だと感じています。当ブログで紹介した福岡伸一の「ウイルスと人間は共に進化し合う関係」という見方(2020.7.3「手がかりはどこにーコロナ後の社会のありようをめぐってー」)に通じる考え方に出会いました。

 次稿以降でもう少しきちんとふれたいと思っていますが、NHKの特番で顔をみかける山本太郎長崎大学熱帯医学研究所教授は、2011年に『感染症と文明ー共生への道』(2011年6月刊/岩波新書)を上梓しており、今回のパンデミックを機にベストセラーとなっているそうです。

 同書と、6年後の2017年の岩波新書『抗生物質と人間ーマイクロバイオームの危機』で、山本は、最終的に感染症に勝利することはできない以上、「感染症との共生」が求められていると主張したのだそうです(2020.5.31/山本太郎「いま、岩波三部作を読む意味」/『B面の岩波新書』より)。で、共生といっても、もちろん完全な共生ではなく、「私たちにとって「心地よいとはいえない妥協の産物」としての共生かもしれない」と付記しています。

 そして、そんな結論の背景について、「ウイルスや細菌を含む多くの微生物が、実は、私たち人類の生存、あるいは地球という惑星の維持に必要不可欠な存在だということが、近年、次々と明らかになってきたからである」と、山本は補足したうえで、さらに『抗生物質と人間』から、次の文章を引用しています。結局のところ、感染症との「共生」が私たちに残された唯一の道なのだと説いているのです。

 「 私たちは現在でさえ、個々の生物の相互関係の連環を完全に理解してい

  ない。私たちが「有害」と考える生物(微生物を含む)であっても、相互関

  係の連環のなかで、ヒトの利益として機能している例は無数にあるに違い

  ない。そうした現象を生物の「両義性(アンフィバイオーシス)」と呼ぶ。

  私たちがそうした事実を知らないだけなのである。

   極端な言い方をすれば、私たちヒトは、微生物との複雑な混合物以外の

  なにものでもないのかもしれない。そうした「私」が、同じように複雑な

  マクロ(自然)の生態系に守られて生きている(生かされている)。それが、人

  の存在なのであろう。とすれば、私たちに残されている道は一つしかな

  い。共生である。ヒト以外の消えた世界では、ヒトは決して生きていけな

  いことは確かなのだから。」

 

 人と人との距離、「ソーシャル・ディスタンス」は流行語大賞並みの言葉になっています。

 本来、公衆衛生戦略としての用語は、英語で「ソーシャル・ディスタンシング」なのだそうです。だから、英語の「ソーシャル・ディスタンシング」で意味することを、つまり感染予防戦略を、今の日本では「ソーシャル・ディスタンス」と誤解して使っていることになります。こんなことはありうることで、特に目くじらをたてようとしているのではありません。

 実際のところ、「ソーシャル・ディスタンス」、つまり「社会的距離」は、社会学の用語であり、「個人と個人、集団と集団の間にみられる、親近感や敵対感といった感情のレベルでの親近性の程度を表すための物差し」の意味で使われているのだそうです。とりわけアメリカ社会学では、黒人や東洋系移民の社会関係の分析や問題状況の改善との関係で、この「社会的距離」という概念は用いられてきたのです。

 このような日本での「ソーシャル・ディスタンス」の使われ方とは関係ありませんが、WHOは、今回のパンデミックにおいて感染防止のために必要なのはあくまで物理的な距離であり、社会的な距離ではないことを理由に(人はテクノロジーを経由して社会的なつながりを保つことができる)、「ソーシャル・ディスタンシング」に替えて「フィジカル・ディスタンス(身体的距離)」という用語を用いるように提案しているのだそうです。

 なるほどそうかもしれませんね。

 

 いささか強引な喩えになりますが、本稿では、こうしたディスタンスということを改めて意識させられた映画に出会いましたので報告することにします。

 元々は3月の上映開始予定が延期になっていた『コロンバス』という映画です。先週土曜日(7/18)の午前中に神戸アートヴィレッジセンター(KAVC)で、5名ほどの観客の一人としてみました。

 以前は、同センターの1階には机とイスが並べられていて、新開地を歩く人たちが自由に一休みできる空間となっていましたが、今回、久しぶりに訪ねると、すべてのイスが取り払われていました。感染防止のための対応かと思いますが、ちょっとびっくりしましたし、残念にも思いました。

 

◈ジンとケイシーの物語とモダニズム建築の切り離せない関係に

                  −映画『コロンバス』に寄せて−

 元はといえば、正月明けの頃に、他の映画館で『コロンバス』のチラシをみて、ぜひみたい映画としてインプットされていました。チラシの表面には「モダニズム建築への恋文とも言うべき映像美、小津安二郎にオマージュを捧げたコゴナダ監督作品」とあります。当ブログを読んでいただいている方にはお気づきのように、私には「建築」や「小津安二郎」というものに無批判、無抵抗のまま傾きやすい体質があるのです。

 そして、今回入手のパンフレット、<INTRODUCTION>のタイトルは「小津安二郎の世界と現代をつなぐコゴナダ監督初長編作」、<STORY>の方はチラシにもある「モダニズム建築の街コロンバスで、二人は出逢い、そしてまた歩き出す……」とあります。

 だから、家人の心配の声を押しやって、神戸まで足を運んだのです。

 

 私の感想は、来てよかった、来る前から妄想して恋していたのだから当たり前かもしれませんが、何も事は起こらないけれどパッションを秘めたこの静かな映画に乾杯というところです。

 断っておきますが、この映画で、私はモダニズム建築をみていたとも、小津安二郎への連想に誘われていたとも、そんな特別な何かを感じたわけではありません。つまり「モダニズム建築」も「小津安二郎」も映画の後景として溶けこんでいるというほかありませんでした。コゴナダ監督はそんな野暮なことなどしていません。

 私は主人公である二人をずっと集中して追いかけていました。中年男のジンと高校を卒業したばかりのケイシーの二人が、出逢い、語彙を制限したかのような二人の会話を通して、やがてディスタンスが縮まり、関係が深まり、そして二人はそれぞれの出発と別れのときを迎えることになります。そんな二人の人生の時間にコロンバスの街をいっしょに移動しながら同伴していた感覚だといえばいいのでしょうか、つまり映画的な時間を存分に深呼吸することができたという満足感がありました。

 

 でもというか、ジンとケイシーの後景にあったこの美しい街の建築物こそが、二人の物語を誕生させたということも否定できません。インタビューで、コゴナダ監督は、数年前に家族でコロンバスに日帰り旅行をしたときに、この保守的な中西部の静かな町の「モダニズム建築」群に強く胸を刺されるものを感じ、すぐにここで映画を作りたいと思ったと語っています。そして、次の言葉でその切り離なすことのできない関係を表現しています。

 「 この小さな街は、モダニズム建築のキャンパスです。私にとって壮大な

  実験場なのです。一番難しかったのは街のモダニズム建築たちを収めるこ

  とのできる構図を追求すると同時に、この街の建築に絡めとられる二人の

  登場人物たちの物語を浮かび上がらせていくことでした。」

 こうしてコゴナダ監督にとって初の長編作品となった『コロンバス』は、監督の企図としたとおり、街の建築物と二人の物語が融合しており、まちがいなく成功したと評価してよいでしょう。

 ここで強調しておきたかったのは、二人の会話する目の前にある著名なモダニズム建築が主役ではなくて後景として二人の物語を支える関係として描かれていることです。映画をみる私はモダニズム建築を切り離してみていたわけではなく、どこか有機的な存在感を漂わせている建築物の目の前で展開されるジンとケイシーの物語を注視していたということです。

  映画『コロンバス』のチラシ[表] ミル・レース・パーク(1989)

  同 上[裏]

 ざっとあらすじをメモしておきます。映画のオフィシャルサイトで読んでいただければいいのですが、少しまとめてみます。

 高名な建築学者であるジンの父は講演のためにコロンバスに来ていて、突然倒れます。この知らせを聞いて、今はソウルで翻訳の仕事に携わる韓国系アメリカ人の息子であるジンは、父を見舞うためにコロンバスへやってきます。

 回復困難な容態に陥った父を見守るためにしばらく滞在することになったジンは、ホテル近くの図書館に勤務する若い女性ケイシーが館外でタバコを喫っていたとき、彼女と偶然に出逢います。ジンの父の講演に参加する予定であったというケイシーは、コロンバスの建築物が好きで興味があると語ります。そして、このモダニズム建築の聖地と言われる街をめぐり、建築物を媒介させながら、二人は静かな会話、対話を重ねていきます。

 やがて交わす言葉は互いの内面へと向かい、二人とも親との関係で問題をかかえていることが明らかになっていきます。ジンは仕事中心の父が自分を愛してこなかったという複雑な思いから父との確執をかかえ、だから父とも建築とも距離をとろうとしていました。一方、ケイシーは、都会へ出て建築を学びたいと思いながらも、かつて薬物中毒(覚醒剤)であった母の世話をするために街を離れられないという意識が強く、街にとどまり母を守ろうとしていました。

 ケイシーは、建築を好きになったきっかけであるファースト・フィナンシャル銀行を設計したデボラ・バークと知り合い、彼女から東部に出てきて建築を学び仕事をするように誘われていました。母をおいていけないという抑圧を自分に課しているとジンはケイシーに感じとり、何度も街を出ることを奨めます。ケイシーは躊躇しますが、ついに母と離れることについて考え始めます。一方、こうしたケイシーの姿に、ジンは昏睡状態の父と向き合うためにコロンバスにアパートを借りることにします。

 二人はそれぞれ、離脱と接近という、つまりケイシーは母と離れて街を出ること、ジンは父をみとるまで街に残ること、そんな当初は困難にしかみえなかった決断にたどりつきます。そして、コロンバスから出ていくケイシーを、コロンバスに残るジンはひしと抱きしめ、やがて出発と別れのときが来ます。ケイシーは、禁煙することにしたとジンに告げます。

 ジンとケイシーのストーリーはこんなところです。

 前述のインタビューで、コゴナダ監督はこの物語との個人的な側面、そしてジンとケイシーの親子関係について、次のとおり語っています。

 「 死とは別離。そしてすべての別離はある種の死。いつも私はこの二つに

  とらわれてきました。最期の別れと小さな別れです。老いていく両親、成

  長する子供たちと接していて、来るべき別離をますます強く感じていま

  す。不在に意味はあるのか?避けられない別離に我々はどう対峙していく

  のか。『コロンバス』の物語はこうした疑問から生まれました。」

 「 小津安二郎『一人息子』の冒頭で胸が張り裂けるような引用句が出てき

  ます。「人生の悲劇の第一幕は親子になったことにはじまっている」とい

  う言葉です。ジンもケイシーも親子関係に苦しんでいますが、その関係は

  全く違います。ジンは離れたい、ケイシーはとどまりたい。どちらも親を

  重く感じていることから来る欲望です。」

  ジンとケイシー、┐離◆璽Εン・ミラー邸を見学していたときのシーン

 さて、こんな中西部インディアナ州の小さな田舎町(人口47千人ほど)に、建築史に名前を残す建築家たちの設計した建築物が数多く残っているのは、やはりパトロンがいたからです。アーウィン・ミラーという、ディーゼル・エンジンのトップメーカーで地元企業のカミンズ・エンジン社の創業者が、1954年に財団を設立し、公共施設の建築費をサポートしたことに由来しています。コロンバスは、「アメリカのアテネ」とも呼ばれたりしているそうです。

 映画『コロンバス』には、パンフレットの下記写真にある14カ所もの「モダニズム建築」が登場したとあります。そんなにと思いますが、ここではどんな建築物なのかを感じてもらうために、パンフレットやPC画面を撮影したとても上等とはいえない写真を使って、二人のエピソードとともに、自分のためにノートしておくことにします。

  映画『コロンバス』に登場した14のモダニズム建築

.侫 璽好函Εリスチャン教会[エリエル・サーリネン/1942]

 ジンとケイシーが出会って最初に訪ねたのが、ファースト・クリスチャン教会です。登場する中で最も古いものですが、フィンランドの建築家エリエル・サーリネンの設計でコロンバスのランドマーク的な建物なのだそうです。

 ケイシーは教会のドアの前に立って「非対称でありながらバランスを保っている」などと、建築に興味があると語ります。ジンは「僕は建築に興味がない」と言い放って、この町の住民はみんな興味があるのかと問います。「まさか、何も思っていない人ばかりよ」とケイシーは答えます。

  ファースト・クリスチャン教会(1942)

▲◆璽Εン・ユニオン・バンク[エーロ・サーリネン/1954]

      (現アーウィン・カンファレンス・センター)

 ,寮澤彈圓梁子であるエーロ・サーリネンの設計で、アーウィンの財団が設立された1954年に建設されました。

 「2番目に好きな建築よ」とケイシーは言い、「アメリカ初のモダニズム建築で、当時はガラス張りの銀行などなかった」と、建築ガイド的な説明をします。「そんなことで好きになったの」とジンが挑発すると、ケイシーは「感動したの」と、大きな身振りで感動のわけを語りはじめるのです。

  元アーウィン・ユニオン・バンクを前にしたジンとケイシー

  現アーウィン・カンファレンスセンター(1954)

メンタル・ヘルス・センター[ジェームズ・ポルシェック/1972]

 ジェームズ・ポルシェックの設計した精神病院です。

 病棟と病棟をつなぐ橋のような建築物を前に、ジンは父親のノート(?)で読んだとして、「ポルシェックは建築を癒しの芸術だと考えていた」「だからこの連結通路は心をつなぐ隠喩だそうだ」と言い出します。ケイシーは「建築に興味はないと言っていたのに。面白い人ね」と語り、ジンと建築学者である父親との複雑な関係を感じとることになります。

  メンタル・ヘルス・センター(1972)

ぅ侫 璽好函Ε侫ナンシャル銀行[デボラ・バーク/2006]

 2006年という最も新しい建築物で、デボラ・バークの設計です。

 「3番目に好きな建築よ。ある日、とても引き付けられた」と告白するケイシーに、ジンは理由を尋ねます。ケイシーは「よくわからない。その頃、人生で一番つらい時期だったの」と語り、「教えてほしい」と言うジンを制止し、下記の写真のように車から出てタバコを喫います。そして、ポロリと「覚醒剤がはびこっている。覚醒剤とモダニズム建築の町」と、母親の問題を打ち明けます。

 ここには、ケイシーがこの建物に引き付けられた理由と、の「癒しの芸術ともなりうる建築」というテーマとの関わりが示唆されています。

  夜のファースト・フィナンシャル銀行を前にしたジンとケイシー

  ファースト・フィナンシャル銀行(2006)

ノース・クリスチャン教会[エーロ・サーリネン/1964]

 △汎韻犬エーロ・サーリネンの設計で、,22年後に建設されました。,寮澤廚砲和子エーロも参画していたそうですが、いかにもモダニズム建築である,醗磴辰董△海寮軼磴鬚發超飢颪鷲垰弋弔雰舛鬚靴討い泙后

 父親エリエルが亡くなってからの建設だよねと念を押しつつ、スマホで確かめようとするジンを制し、ケイシーは「1950年」というエリエルの亡くなった年を記憶の片隅から引っ張り出します。通話だけの携帯を使っている、検索はPCだと、ケイシーはジンに自分のガラ携帯を示し、「賢い携帯とバカな人間」と笑います。

 二人の心と心の距離が近くなった様子があらわれています。

  ノース・クリスチャン教会(1964)を背景としたジンとケイシー

Ε潺襦Ε譟璽后Ε僉璽[マイケル・ヴァン・ヴァルケンバーク/1989]

 チラシの表の写真がミル・レース・パークで、二人は奇妙な塔のようなものを眺めています。ランドスケープアーキテクトであるマイケル・ヴァン・ヴァルケンバークの手になるものです。

 下記の写真は場所がはっきりしませんが、ここでジンはケイシーに街を出ることを奨め、ケイシーが「母の世話は誰がするの」と強い口調で拒んだ場面だったように記憶しているのですが。

  不明 

Д灰蹈鵐丱后Ε轡謄・ホール[エドワード・チャールズ・バセット/1981]

 チャールズ・バセット設計の市民会館です。

 ケイシーにとって、好きな建築の順位で低位のもののようですが、夜の市民会館の前にジンが一人で立っていたとき、病院から父が合併症を起こしたという緊急の連絡があって、病院へ急ぐシーンにも登場しました。下記の写真はジンとケイシーが並んで座り、Δ痢岾垢鮟个襦廚海箸砲弔い届辰傾腓場面です。記憶が不確かですが、「もっと成功できるはず」などという言葉を、ジンはケイシーに向かって投げかけていたように覚えています。

   コロンバス・シティ・ホール(1981)を背景に座るジンとケイシー

┘◆璽Εン・ミラー邸

     [エーロ・サーリネン、アレキサンダー・ジラルド/1957]

 映画の冒頭で教授が倒れる寸前に立ち寄っていたモダニズム建築の街の立役者であるアーウィン・ミラーの自邸であり、設計はもう一方の立役者であるエーロ・サーリネンです。大変広いスケアな建築物のようですが、内部のインテリアはアメリカを代表するデザイナーのアレキサンダー・ジラルドが手がけています。

 ケイシーが一番好きな建築で、予約して見学ツアーにジンを連れ出し、そのリヴィングでジラルドのインテリアのすばらしさを説明します。下記の写真は同邸の広い庭を臨んで立つジンの姿ですが、映画の冒頭でジンの父親が同じポーズで立つシーンと重なっています。そして、ケイシーは姿の見えなくなったジンを探しますが、父の秘書が「教授、教授」と探す冒頭のシーンと、これも重なっています。

 父との距離を見直そうとするジンの決意のようなものが表出しているのかもしれません。

  アーウィン・ミラー邸の庭を前に立つジン

  右上と右下はアーウィン・ミラー自邸内

 以上のとおり、映画『コロンバス』は、街のモダニズム建築に喚起されるようにジンとケイシーの静かな対話が重ねられ、二人の出発と別れというエンディングへと向かって、ストーリーが展開していく構造となっていきます。

 下記の写真は、ケイシーの小さな家の内部の映像ですが、今振り返ると、これが最も小津安二郎の画面との共通性を、私が意識したシーンでした。奥行きのあるローアングルというのでしょうか。

 その下は、ケイシーが勤めているクレオ・ロジャース記念図書館の内部写真です。設計はあのI.M.ペイだそうで、1969年の建設です。その20年後の1989年に、ペイは、パリのルーブル美術館の真ん中にガラスのピラミッドを出現させたことで世界中を驚かせた中国出身のアメリカ人建築家です。

  ケイシーが母と二人で暮らす家の内部

  クレオ・ロジャース記念図書館(1969)の内部

 最後に補足の補足になりますが、『コロンバス』は地味な映画といえばそうなるでしょう。でも、映画は映画です。制作は2017年、すぐに日本で公開されなかった理由も推測できますが、やっと本年3月14日からの公開が予定されていたとき、今回のコロナ禍の影響を受けてしまいました。こんな二重の高いハードルを乗り越え、こうして公開に至ったこと、この映画に関わり努力されてきた個人・法人に感謝したい気持ちです。

 コゴナダ監督は、パンフレットによると韓国ソウル生まれとあって、ジンと同じく韓国系アメリカ人のようです。本名と年齢は不詳です。「コゴナダ」は小津安二郎とタッグを組んだ脚本家の野田高悟(kougo noda)から命名したとありました。映画研究者から出発し、実作者となって、著名な映画作家をテーマにしたビデオ・エッセー作品で注目されるようになったのだそうです。

 そして『コロンバス』の映像の静寂と深度を支えた音楽は、ハンモックとクレジットされています。先日の当ブログでふれた姫路・的形のハンモック・カフェとは何の関係もありませんが、名称だけでなく、どこか近しい雰囲気を感じています(2020.6.7「ちょっと足を伸ばしてー的形の海辺にー」)。

 <とてもいい映画でしたよ、私にとっては>といういつもの言葉、お決まりの感想でもって締めくくることにしましょう。

  [右]コゴナダ監督 [左]ケイシー役のヘイリー・ルー・リチャードソン

 

◈おわりにかえて

 人と人との距離、ディスタンスというものに関して、パンデミックのもとで、以前のように無意識のままでおれなくなりました。ディスタンスには、物理的・身体的、感情的・心理的、社会的・文化的などと分類できそうですが、相互に影響し合う関係にあります。パンデミックは、物理的・身体的なものだけでなく、人と人との距離を確実に変えようとしているのではないでしょうか。同時にまた、人と人が適切、適当な距離で、直接顔を認知し合い、会話できることの大切さについても再認識させてくれたように思っています。

 それは、WHOの「人はテクノロジーを経由して社会的なつながりを保つことができる」という考え方とは位相が異なるものです。WHOの評価、テクノロジーの進捗を否定するものではありませんが、それだけでは人と人のディスタンスのありようとして不健全であるし不十分であると、技術的進歩から取り残された私としては受けとめています。

 

 今回は、こうした大問題に手をつけることをスルーして、感覚的なことを最後に記しておきます。

 人と人とのディスタンスの諸相、ジンとケイシーの対照的な関係性を、家族、とりわけ親子という視点から照射してみせたのが、『コロンバス』という映画のテーマです。ジンの父子関係もケイシーの母子関係も、映画の中で謎を残したままのようなもどかしさを感じました。ジンもケイシーも、解き放ちようもない親子関係のなかで、二人の対話をバネにして出会った頃と反対の「離脱と接近」という出発(変化)を選択しました。私が読みとることができなかったというだけなのかもしれませんが、それはコゴナダ監督の人間観、家族観の表明というものだったかもしれないと思っています。

 フィンランドからアメリカに移住したサーリネン父子、二人とも著名な建築家として、コロンバスの街のモダニズム建築を先導しました。そんな父エリエルのファースト・クリスチャン教会と、息子エーロのノース・クリスチャン教会の、二つの教会がみせる外貌の極端な差異に驚きました。そこには時代背景という問題にとどまらない、父子関係というものの謎、そのディスタンスの闇のようなものが存在したのではないかと、私は想像したりもしました。

 そして、私自身の父子関係、父と私、私と息子、こんなにブログで長々と言葉を連ねていても、このことには言葉にならないもどかしさがいつも付きまとっています。まあそんなに自覚的とはいえないにせよ、近くて遠い、遠くて近いという、このディスタンスの奇妙さ、不思議さに途方にくれたりもします。

 

コメント
zawinulさん、コメント、ありがとうございます。
久しぶりの映画で、いささかオーバーアクションな紹介となってしまいましたが、とても静かな映画だと思います。見ていただけるとうれしいです。
私の場合は、表層的な知識だけで興味まかせの精神活動の記録ノートが、このブログなのです。
  • パンテオンの穴
  • 2020.07.23 Thursday 23:11
こんにちは。コロンバスという映画、観てみたくなりました。
建築と小津、親と子、人と人のディスタンスの諸相、いずれも興味ある深遠なテーマを、丁寧に、データも添えて考察していらっしゃって、興味深く拝見させて頂きました。
私も、以前、建築文化という雑誌を定期購読していたこともあり、特に公共的な建築を巡ったりするのは好きです。私の住んでいる岐阜にも伊東豊雄、磯崎新、坂倉準三など、アトリエ作家が設計した、名建築があります。この映画、ぜひ見てみます。ありがとうございました。
  • zawinul
  • 2020.07.23 Thursday 17:40
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プロフィール
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70代前半。兵庫県在住。ニックネームは「パンテオンの穴」。
リタイア後の日々の中で思いを泳がせて、あるいは思いが泳いで 感じたこと、考えたことなどを、のんびりと綴っています。
                         
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