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2020.06.07 Sunday

ちょっと足を伸ばしてー的形の海辺にー

 先月の終わり(5/29)、午後の陽の傾きはじめたころに、姫路の的形海岸までちょっと足を伸ばしました。的形海水場の近くに、ちょうど5月にリリースされた吉田慶子のCDを購入できるというカフェがあると知ったからです。家人に同乗させてくれるよう頼んで出かけたのですが、山陽電車の的形駅からは、驚くほど狭い道しかないなか、なんとか「ハンモックカフェ」にたどり着くことができました。この的形漁港は須貝秀和のなつかしい風景の世界でした。

 当ブログで記事(2018.7.14「このひそやかなものー吉田慶子のボサノヴァー」)をアップしたことのある吉田慶子のHPを偶然にものぞいたら、6年ぶりに新しいCD『tauras』を発表したとあり、入手可能先として「ハンモックカフェ」も掲示されていたのです。えっ姫路にということで、電話すると、今はテイクアウトだけの営業だが、もちろんCDも手渡しできますとのことでした。

 普段ならまたにしようかとなりますが、毎日同じところを歩くだけの自粛生活に倦んできたのか、久しぶりに遠出することにしたのです。

  静かでなつかしいたたずまいの的形漁港 [2020.5.29的形漁港で撮影、以下同じ]

  二段重ねのトレーラーハウスのハンモックカフェ(上段にカフェとベランダあり)

 トレーラーを二段重ねしたハンモックカフェの階下に、テイクアウトの窓口があって、吉田慶子のCDと自家製だというカンパーニュパンだけをお願いしました。吉田のHPに「姫路の美しい店」とあった内部をのぞいてみたかったのですが、通常の営業再開は慎重に8月ぐらいからにしたいという店主から、漁港の突堤の先まで歩いて行けますよと教えてもらったのです。

 カフェの南隣には赤い外壁の目立つ「オクムラボート」という大きな船の工場がありますが、そこを回り込むように海へ向かうと、港と海水浴場を隔てるように一本の突堤が延びていました。その先には釣りをする家族連れがいて、さらにその沖には小さな島(上島というらしい)が浮かび、近くには一隻の漁船が停止して操業しているようです。深呼吸がしたくなります。

 こんなのびやかな光景に、陶然、そして呆然としてしまいしまた。

  突堤の付け根辺りから播磨灘をのぞむ

  突堤の先には釣りの家族連れが(その向こうに見えるのは「上島」か)

  沖では漁船が操業中(向こうの島影は「淡路島」)

 さて、吉田慶子さんの新CDです。『tauras』は坂ノ下典正というギタリストとのデュオアルバムです。2019年2月14日と5月11日に東京の祖師谷にある「カフェ・ムリウイ」でのライブを録音したものです。的形のハンモックカフェの主人に聞いたところ、このCDはもちろん吉田慶子のライブで長くサウンドを担当している国重哲也という方が姫路出身なのだそうです。

 ギターの坂ノ下は「国重哲也さんのお陰で静かな夜の雰囲気が封入された音源になりました」と記しています。吉田自身も「深い音の世界に潜り込んだような気持ちの夜でした」とし、「こうして残してくれた国重哲也さんにとても感謝しています」と書いています。まさに静寂にかぎりなく近づいた「ひそやかな」な贈り物という気持ちにさせてくれるサウンドです。

 なお、この「ひそやかな」という言葉は、吉田の2007年のアルバム『コモ・ア・プランターひそやかなボサノヴァ』からで、私には「吉田慶子=ひそやかな声・歌」として一体化しているのです。

 吉田のアルバムでは初めてとなる日本語詞の歌が3曲入っています。そのうち「ヴァイア コン ディオス」(音羽たかし訳詞)には「かすかにひびく かねのおと/こころにしみる うたごえも」という部分がありますが、アルバム自体を体現しているような歌詞だと申し上げていいでしょう。なお、もう2曲は「今日の日はさようなら」と「テネシーワルツ」です。「ヴァイアコンディオス」と「テネシーワルツ」はいずれも江利チエミが1950年代初頭に歌ったという共通点があります。

 吉田慶子のュ―チューブはあまりアップされていないのですが、坂ノ下のギターとともに演奏した「テネシーワルツ」と、ベースとのデュオである「バードランドの子守歌」の2曲をリンクしておくことにします。もとより「テネシーワルツ」はこのアルバムより以前に採録されたものです。

 ◉「テネシーワルツ」坂ノ下典正ギター

 

 ◉「バードランドの子守歌」増根哲也ベース

  『tauras』吉田慶子(vo、g)、坂ノ下典正(g) 2020.5リリース

 店主夫妻のDIYでつくったというハンモックカフェのテイクアウトコーナーには、月刊で無料配布の『WAY OUT WEST』が並べてあって、2ヵ月間神戸へ行けずに手にできていなかった<5月号>と<6月号>をいただきました。

 この藤岡宇央を編集・発行人とするジャズマガジン(ジャズ情報やライブスケジュールを掲載)を、私は表紙のイラストレーションとともに愛読しています。この5月号には、未知の「坂入りお」という方が「Things That Remain 変らないもの」というタイトルで寄稿されています。この方は、1990年代に渡米して、2000年よりニューヨーク「The Jazz Gallery」の芸術監督として、アーティストの発掘と育成に貢献されている方のようです。この力のこもった寄稿文を読んで、なるほどそうでしょう、そうなんでしょうと、刺激をもらいつつ考えさせられました。

 坂入は、この新型コロナによるパンデミックを経験し、音楽業界にパラダイムシフトが起こるのではないかという意見に対し、「生で音楽を聴くという体験はそんなに簡単に代償できるものはないのだ」と明確に否定しています。この坂入の確信は、ちょうど90年代にインターネットが広く一般に普及した頃に、音楽業界に大きなインパクトを与えるのではないかと問題となったときの経験(結局、本質において変わらなかった)が反映しています。

 この非常事態に際してインターネットを利用してオンラインコンサートやイベントを行えるのは、便利で有益で本当にありがたいことだとしつつも、次のとおり述べています。

 「 しかし、平和で安全な日常が戻り次第、皆が生の刹那でしか味わえない

  音楽を求めることは必至だ。人々が音楽と対話する方法にCovid-19によ

  るパラダイムシフトはなく、さらに重要なことに、生で共有する音楽体験

  に勝るものはないのだ、殊更ジャズに関しては。」

 つまり坂入は、「人間は身体的な接触が必要な生き物だ。他人の息遣いを感じずに幸せに生きていくことは難しい」という人間の本質がそんなに簡単に変わりようがないとすると、「音楽とその価値、そしてそれに対する私たちの基本ニーズは変ることはない」と信じているというわけです。だから何でもオンラインにと急いではいけないのであって、「私たちの根本を支える変わらないものを大切にしていかなければならない」と、寄稿文を締めくくっています。

 ライブからはるか遠くに隔たったところにいる私は、坂入の意見を敬意をもって読むことはできても、簡単に論評することなどできません。でも、今の日本であれば感染予防ガイドラインということになりますが、ポストコロナ下でのライブの制約というものが、人間の「生の音楽を聴くという体験」に、じんわりと変容をもたらすことになるのかもしれないと危惧したりはしますが。

  『WAY OUT WEST』2020.5月号の表紙

  『The Jazz Gallery』のロゴマーク

 この雑誌名「WAY OUT WEST」の由来を知らないので、関係がないのかもしれませんが、ソニー・ロリンズの1957年録音のアルバムに同名の名盤があります。私にとっては、ジャズのレコードを買い始めた最初期に(1974年頃か)、ハンプトン・ホーズやアート・ペッパーのコンテンポラリー盤とともに手に入れた一枚として記憶しています(2017.9.20「ジャズを聴き始めた頃にー四枚のレコードからー」)。

 ユーチューブに音源がありますから、アップしておきます。

  ◉「ウェイ・アウト・ウエスト」1957年/コンテンポラリー

       ソニー・ロリンズ(ts)、レイ・ブラウン(b)、シェリー・マン(ds) 

  『WAY OUT WEST』2020年3月号〜6月号の表紙

 ポストコロナの時代状況において、「音楽」というものの機能はとても大切で見直す必要があるとの意見を聞きました。NHKのBS1スペシャル「コロナ新時代への提言ー変容する人間・社会・倫理」という番組のなかで、京都大学総長で霊長類学者である山極寿一の発言です。

 番組の一部分を切り離して取り上げるというのは危険でもありますが、ひとつの仮説としてみておくことにします。人間は、コミュニケーションの重要な手段を、後発的な「言葉」だけでなく、本来、身体と身体を共鳴させることで得られる信頼、共感というものにも依存して社会を形成してきたが、コロナの時代にあって、その後者の手段が失われようとしている、いわば言葉だけでつながる世界に放り出されたことになったのではないかという危惧を、山極は表明します。そして、人間は、「言葉」を発明する前に、「音楽」というものを、言葉よりも古いコミュニケーションの手段として、「意味」というより「気持ちを伝える」という手段として発明したのではないかと思っていると山極は続けたうえで、この「音楽」というものの機能、働きに注目したいと述べていました。それは現在、ミュージシャンがリモートで発信する「音楽」に、多くの人びとが癒しを与えられていることがその証左だとします。

 ですから、コロナの時代にあっても、人間同士の共感を基にした人間らしい社会であるためには、「言葉」だけではなく、「音楽」というものが十分に機能することを重視していくべきではないのかという趣旨の発言であったかと、私は理解しました。いささか私の言葉に変換しすぎてしまった説明になりましたが、こうした趣旨の提言であったと思っています。

 山極のいう「音楽」のイメージはもう一つはっきりしませんが、それでも、前記の坂入の「生で共有する音楽体験」というものと、ずいぶんと近くにあるような気がしませんか。それは、山極の人間の本来もっている「身体と身体を共鳴させることで得られる信頼、共感」ということにも依存して社会をつくってきたという見方と、坂入が論考の前提とする「人間の本質である身体的接触」を通して他人の息遣いを感じることなしに「幸せに生きていくことが難しい」という考え方が、同じ根っ子をもっているからということができます。こうしたコミュニケーションの手段が抑圧されたところでは人間は十分に人間たりえないとしたら、ポストコロナの時代において、「音楽」はこれを補助することのできるコミュニケーションの手段だと考えてもいいように(大層ですが「芸術」を持ちだしてもいいのかもしれませんが)、私は感じています。

 もちろん、私は、山極のいうミュージシャンが配信している音楽に癒されているというのでもなく、まして坂入の「生で共有する音楽体験」をもっているわけではありませんが、本稿で書いているようにCDという媒体を通した音楽も、そうした一部だというのなら、私もその一人だと申し上げても、間違いではないのかもしれません。坂入なら、それはそれで音楽体験だけれど、最高の「音楽体験」は「生で音楽を聴く」ことなのだけれどなどと、やんわりと否定されるような気もしますが。

 いずれにしても、「音楽」というものをめぐって、「言葉」を通してではありますが、ちょっと刺激を受けた体験であったということになります。

 

 CDにしろ、音楽のある時間が増えました。それは吉田慶子の新しいCDを聴きたいという精神状態になっていた5月下旬、つまり緊急事態宣言の「解除」という空気感のなかで、「贅沢な自粛」を自認してきた私も、ちょっと気分を変えたくなったということでしょう。

 机に座っている時間に、CDから音楽が流れているだけで、「聴いている」とはとても言うことができません。「音楽のあるステイホーム」と恰好つけても仕方ありませんが、それでも時に発見することがあります。

 たとえば1975年録音の高橋悠治のバッハです。グレン・グールドのバッハばかり流していましたが、こんなCDをもっていたのかとかけてみると、怪物と表現されてもいる高橋悠治の初心を感じたのです。高橋編曲の「フーガト短調」の音源がユーチューブにありましたのでアップしておきます。

  ◉「フーガト短調BWV578《小フーガ》(編曲:高橋悠治)」1975年録音

  『Yuji Plays Bach』高橋悠治(pf) 録音:1975年7月東京

  同上 曲目一覧

 漁港の対岸の丘に「住吉神社」のある的形の海辺から、帰りは未舗装だが幅員のある海水浴場(今は潮干狩りで開場していました)のためのアクセス道路を通って山電大塩駅の方へ抜けました。

  的形漁港に面した住吉神社の鳥居(停泊中の船名にも「住吉」が)

 帰途の途中、隣接する高砂市曽根町の「曽根天満宮」に立ち寄りました。60年以上も前のことになりますが、父の母、私の祖母が神社近くで一人暮らしをしており、父に連れられてよく訪ねていたのです。そのとき、この美しく整えられた境内を通り抜けていたような記憶があらわれてきました。

 往事茫々と申しあげるほかありません。

  曽根天満宮の本門と本殿 [2020.5.29曽根天満宮で撮影]

  もちろん60年前からあったはずですが(曽根天満宮の境内)

 

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70代前半。兵庫県在住。ニックネームは「パンテオンの穴」。
リタイア後の日々の中で思いを泳がせて、あるいは思いが泳いで 感じたこと、考えたことなどを、のんびりと綴っています。
                         
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