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2020.04.17 Friday

同じ時間を生きている私たち、そして人類ー藤原辰史「パンデミックを生きる指針」などを通して拾遺できた言葉からー(1)

 ここ数日は、右往左往しながら、浮足立って過ごしているようで情けないかぎりです。

 いわば贅沢な外出自粛という状態にもかかわらず、新型コロナウイルス関連情報の洪水を前に、ただ目をキョロキョロさせているだけではないかと感じています。<贅沢>とは、不要不急の外出といっても、自分たち二人のための食料品の購入ぐらいで済ますことのできる私たちの状態を意味しています。

 ジタバタしても何の働きもできないのだから、積読の本をゆっくり崩していこうかと思うのですが、どうも落ち着かず、ついつい感染者数などの数字や国・県・市の対処方針などを追ってしまうのです。そして、急な状況変化をただ追いかけている疲労感のようなものが積み重なっていきます。

 本稿では、そんな日々において私が拾遺できた言葉を、次へ向かうために整理しておくことにします。

 

◈「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉

 昨日のサイト(朝日新聞デジタル)で、こんなわが身をかえりみてドキッとする言葉に出会いました。

 「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉で、「答えのない事態に耐えうる能力」を指すとのことです。この言葉に出会って、今回のような先の見えない事態を前に、私自身、手近な答えが欲しくてジタバタしているのではないかと恥ずかしくなったのです。

 作家で精神科医の帚木蓬生さんは、この言葉を、ネットですぐに結論に飛びつくような現在の風潮に対置させる考え方として紹介しており、簡単に答えの出ない状態に「急がず、焦らず、耐えていく」ことが必要ではないかと説いています。言い方をかえると、私たちには「すぐに分かるはずのない問題」を「意味づけして理解し、分かったつもりになろうとする」傾向があるけれど、「すぐに分からないという状況に耐え、悩む」、そんな「悩んで耐える能力こそ知性」ではなかろうかと語っているのです。

 現下の危機的状況における対処姿勢として、「ゆっくりと急ぐ」という言葉がよく使われますが、こうした「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉もまた、こんな状態になってしまう私のような者にとって、とても大切なものにちがいないと考えたのでした。

 

◈長いマラソンだということー山中教授の「5つの提言」の修正ー

 直近のブログ(2020.4.4「「桜は来年も帰ってきます」ー山中伸弥教授の新型感染症サイトー」)で、山中教授による3月31日付「5つの提言」を紹介しました。それから7日の緊急時代宣言の発出を挟んで、1週間余りが経過した4月9日付で新たな「5つの提言」がアップされていますので、修正・加筆された変更点を中心にポイントを確認しておくことにします。

 

 「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」というサイトのトップページには、「新型コロナウイルスとの闘いは短距離走ではありません。1年は続く可能性のある長いマラソンです」とあります。今回の「5つの提言」は、この基本姿勢を反映させるとともに、併せて現行対策の実効性を高める上での焦眉の課題への取り組みを強調した内容となっています。前回と全く同じスローガンと内容は、「提言5 ワクチンと治療薬の開発に集中投資を」のみであり、他の4つの提言は方向は同じでも相当の修正が加えられています。

 前回の「提言1」は「今すぐ強力な対策を開始する」でしたが、今回は「提言1 自分を、周囲の大切な人を、そして社会を守る行動を、自らとろう」となっています。緊急事態宣言が出された直後において、山中教授は、ウイルスとの闘いは待ったなしの状態だから、「国や自治体の指示を待たず、自分を、周囲の大切な人を、そして社会を守るための行動をとりましょう!」と、自発性、自律性に立脚した取り組みを強く呼びかけています。

 前回の「提言2」は「 感染症の症状に応じた受入れ体制の整備」でしたが、今回は「提言2 感染者受入れ体制を整備し、医療従事者を守ろう」としています。前回以降に症状レベルに応じた受入れ体制の整備が具体に動き出したことを受け、その加速化とともに、クラスター感染などが発生している医療現場の切実な声も踏まえてのことか「医師・看護師など医療関係者を、感染と過重労働から守る必要があります」と、医療従事者の危機的状況の改善を強く訴えるものとなっています。

 前回の「提言3」は「徹底的な検査(提言2の実行が前提)」であり、今回も「提言3 検査体制の強化」と基本の方向に変化はありませんが、内容はより具体的になっています。PCR検査が「必要な人に、速やかに、かつ安全に」実施できる体制を、実際の検査件数が検査可能件数の半分以下である現状にあって「どこが律速段階になっているかを明らかにし、検査件数を増やすべき」だと提言しています。併せて全国規模で感染の拡大を把握するため「抗体検査の確立やビッグデータの活用」を求めています。

 そして、前回の「提言4」は「国民への協力要請と適切な補償」で、長期戦への対応協力の要請と、同時に休業等への補償、給与や雇用の保証が不可避であるとする内容でした。今回の「提言4 国民への長期戦への協力要請と適切な補償」は、内容的に前回と変わりませんが、前提として、緊急事態宣言の発令期間である「1ヵ月」は誤解を招くおそれがあるとし、長期戦、すなわち「数か月から1年にわたる長期休業の間」を想定した協力要請と補償のセットが必須であると強調されています。

 そして、長期戦という中で、10歳以下の子供は感染が少なく感染しても重症化のおそれが少ないというデータを踏まえ、「少しずつ再開を検討すべきかもしれません」と追記しています。

 以上のとおり、短期的には、医療の崩壊に直結する医療現場、医療従事者への待ったなしの対応と、長期にわたることを前提とした対応、対策を強く求める提言となっています。

 少しはウォッチしてきた私としては、山中教授の提言はごくオーソドックスな内容だと理解できました。そして、山中教授の強調する「医療従事者を守る」ということが、主要な病院での院内感染が発生しつつある中で、いよいよ切実さを増していると実感しています。

 

◈歴史の女神に試されているー藤原辰史の言葉からー

 現下のパンデミックとの闘いを「短距離走」ではなく「1年は続く可能性のある長いマラソン」だとする山中伸弥教授の見方に、別角度から呼応するような文章に出会いました。

 農業史を専門とする藤原辰史京都大学人文研准教授の「パンデミックを生きる指針ー歴史研究のアプローチ」です。元は「B面の岩波新書」というサイトに掲載されたもので、ご本人の許諾を得てぜひ多くの方に読んでもらいたいとPDF版がアップされていて、私の目にもとまることになりました。

 今、最も勢いのある文章を書く若手の歴史研究者であり(私のような一般読者が手に取る単行本を著すこともできる)、これからの京都学派(などというものがあるのなら)の新しい担い手であると、私は藤原さんに注目してきました。今回は共著である『農学と戦争ー知られざる満州報国農場』を読もうとしていて、このネット上の文章に行き当たり一読して響くものがあり、これは紹介せねばなるまいと思ったのです。

 ですから、この4月2日付緊急寄稿、4月6日最終更新とある藤原さんの文章を、本稿を目にしてくださった方が未読なら、ぜひ前記のサイトで読んでいただければ、それで目的を十分にはたしたことになります。ですから、以下での私の紹介は、屋上屋であり、いつものとおり自分のためのノートというべきものです。

 

 藤原さんは、現下のパンデミックに関し、歴史研究者として参考とすべき歴史的事件を、ちょうど1世紀前の「スペイン風邪」だと考え、そこから現代を生きる私たちに教訓を引き出したうえで、「現代の状況を生きる」指針を探ろうとしています。どうしてスペイン風邪なのかといえば、「新型コロナウイルスの活動が鎮静ではなく、拡散の方向に向かっているいま」、「現状のパンデミックと似ている点が少なくない」からだと、次のとおり説明しています。

 「 どちらもウイルスが原因であり、どちらも国を選ばす、どちらも地球規

  模で、どちらも巨大な船で人が集団感染して亡くなり、どちらも初動に失

  敗し、どちらもデマが飛び、どちらも著名人が多数死に、どちらも発生当

  時の状況が似ている。」

 この濡れ衣のような名称であったという「スペイン風邪」を概観する前に、藤原さんにこの文章を書かせるに至った動機を確認しておきます。

 「目の前の輪郭のはっきりした危機よりも、遠くの輪郭のぼやけた希望にすがりたくなる」のが人間であり、藤原さんは自分も「その傾向を持つ人間のひとり」だという地点から出発します。これまでの歴史が教えてくれるのは、甚大な危機を前に人間が思考の限界に突き当たり、「希望はいつしか根拠のない確信」となっていくことです。そして、このような傾向を持つ人間は、危機の前にした「為政者の楽観と空威張り」をかなりの割合で信じていたのであり、このことは「歴史の冷酷な事実」であるとします。

 今回のパンデミックを前に、ワクチンにも治療薬にも役に立つことのできない文系研究者の一人であるが、「虚心坦懐に史料を読むことを叩き込まれてきた」そして「都合のよい解釈や大きな希望の物語に落とし込む心的傾向を捨てる能力を持っている」歴史研究者として、藤原さんはこの論考に取り組もうとしたというわけです。つまり、過去に起こった類似の現象である「スペイン風邪」に関連する史料を参考として、「現在の状況を生きる方針を探る、せめて手がかりくらい得られたら」と強く願って、この文章を私たちに向けて書いたのです(「1 起こりうる事態を冷徹に考える」)。

 かくして、「冷徹に考える」ことを通して発出された藤原さんの文章は、おそろしく熱量の高いもので、切迫感という言葉で足りないような悲愴感さえ漂っています。そこには、結果として、「安易な希望論や道徳論や精神論」で感情に流され判断能力を摩滅させられる私たちに対する警鐘と、現状に対する異議申し立ての根拠がヒューマンな視点から提起されていると申し上げてもいいのでしょう。

 なお、私からお断りするとすれば、この藤原さんの文章は、前記の「ネガティブ・ケイパビリティ」の「すぐに分からない状況に耐え、悩む」という知性のあり方を示すものでもあります。

 本稿では、部分的になりますが、スペイン風邪の教訓と、そこから導かれるパンデミックを生きる指針を中心にメモしておくことにします。

 

◉前提として「スペイン風邪」と「新型コロナウイルス」を比べると

 藤原さんは、スペイン風邪を概観する前に、「まず、現実を観察したい」とし、我が国の現実を「2 国に希望を託せるか」「3 家庭に希望を託せるか」において、託してしまうのことのできない現実を指摘し、その問題点と困難性を論じていますが、ここではふれないでおきましょう。

 続く「4 スペイン風邪と新型コロナウイルス」では、前記したどうして「スペイン風邪」なのかという類同性とともに、スペイン風邪を概観していますので、まず引用します。

 「 百年前のパンデミックである。アメリカを震源とするこのインフルエン

  ザの災いは、戦争中(㊟第一次世界大戦)の情報統制で中立国だったスペイ

  ンからインフルエンザの情報が広まったため、スペイン人にとっては濡れ

  衣にほかならない名前が名称となった。1918年から1920年まで足掛け3

  年かけて、3度の流行を繰り返し、世界中で少なく見積もっても4800万

  人、多く見積もって一億人の命を奪い、世界中の人びとを恐怖のどん底に

  陥れた。そのわりに教科書でも諸歴史学会でも取り上げられなかった世界

  史の一コマである。」

 そして、日本への感染拡大を、歴史上かつてなかったほどの「人の移動」という点に焦点をあてて、次のとおり記述しています。

 「 百年前の日本はちょうど米騒動とシベリア戦争(シベリア出兵)の時代で

  ある。当時、アジアもヨーロッパも北米大陸にも、これまであり得ないほ

  どの人の移動があった。第一次世界大戦の真っ只中だったからである。す

  でに1918年の春からインフルエンザが流行っていたアメリカから、多数

  の若い男たちが輸送船に乗ってヨーロッパにわたっていた。換気が悪く、

  人口密度が高い船内でどんどんと感染は広がり、健康そのものだった若者

  たちが死んでいった。 (中略)

   やがて、アジアにも感染は拡大し、日本でも約40万人前後が亡くなった

  と言われている。」

 

 もとより百年前のスペイン風邪と現下の新型コロナウイルスを単純に比較できないわけで、藤原さんは、感染の背景条件として、医療技術面や地球人口などの差異を指摘しつつ、見通しの困難さにも言及しています。

 「 ただ、当時は、インフルエンザウイルスを分離する技術が十分に確立さ

  れておらず、医療技術的には現在の方が有利、地球人口が17億人程度だっ

  た当時と、75億人まで増えた現在とでは過去の方が有利だ。新聞以外に

  SNSも含め多くのメディアが必要・不必要にかかわらず情報を大量に発信

  しているのも現在の特徴であり、正直、どっちに転ぶかわからない。百年

  前はWHOも存在しなかったので、本来であれば現在の方が有利だと思いた

  いけれど、なかなか思いづらいのは報道の通りである。」

 そして、新型コロナウイルスについては、「かつての兵士」が「今のツーリスト」だとし、そこに今回の特徴をみています。

 「 ここ十年の人の移動の激しさは当時の比ではない。その最大の現象は昨

  今のオーバーツーリズムである。かつての兵士はいまのツーリストであ

  る。船ではなく飛行機で動くツーリストたちの動きは、頻度と量が桁違い

  だ。それが今回の特徴である。」

 

◉「スペイン風邪」が提示する私たちへの教訓とは

 以上を前提として、スペイン風邪が現在を生きる私たちに提示している教訓を、藤原さんは、8つの項目にまとめています(「5 スペイン風邪の教訓」)。

 「第一に、感染症の流行は一回で終わらない可能性があること」です。このことは三回の波があったスペイン風邪から、いろんな指摘がなされている通りであり、山中教授の「長いマラソン」とも呼応しています。当然、現行の規制、自粛を徐々に解除していくことの困難さを示しています。

 なお、山中教授は、4月16日付で前記のサイトに「数年の長期戦になるかも(ハーバード大学の予測)」のタイトルで、ハーバート大学の論文に対する解説とコメントを掲載しています。

 「第二に、体調が悪いと感じたとき、無理をしたり、無理させたりすることが、スパニッシュ・インフルエンザの蔓延をより広げ、より病状を悪化させたこと」です。当時、戦争中の軍隊組織の問題もあったと指摘する一方で、今の日本の職場に往々にして見られるハラスメント的な体質についても懸念を表明しています。

 「第三に、医療従事者に対するケアがおろそかになってはならない」です。当時から最前線の医療を崩壊させないためのケアが不可避であったということであり、前記のとおり山中教授が今回の「5つの提言」で最も重視していたことです。

 「第四に、政府が戦争遂行のために世界への情報提供を制限し、マスコミもそれにしたがっていたこと」です。このことが爆発的流行を促進した大きな原因となったのはそのとおうでしょう。当時と比較して現在の情報量は比較にならないぐらいに大量にありますが(国によって非対称という現実もあります)、本当に必要不可欠な情報、それこそエビデンスに基づく情報かどうかを、多くの人びとが精査する力をもつことが不可欠です。フェイクニュースが横行する世界で、ファクトチェックを含め専門家などの助言を情報として伝える確かなメディアの存在が重要となります。

 

 続く2つの教訓には、歴史研究者である藤原さんにとって、現下の問題意識がよくあらわれています。

 「第五に、スパニッシュ・インフルエンザは、第一次世界大戦の死者よりも多くの死者を出したにもかかわらず、人々の記憶から消えてしまったこと。それゆえに、歴史的な検証が十分になされなかったこと」です。したがって、新型コロナウイルスが収束した後においても同じことにならないよう、「きちんとデータを残し、歴史的に検証できるようにしなければならない」と強調しています。

 藤原さんは「人類は、農耕と牧畜と定住をはじめ、都市を建設して以来、ウイルスとは共生していくしかない運命にある」との認識をもち(私もそう理解しています)、危機からの脱出にともない、「醜い勝利イベント」によって人びとの記憶を打ち消すようなことをしてはならないと訴えています。

 「第六に、政府も民衆も、しばしば感情によって理性が曇らされること」です。百年前の興味深い事例として、1918年のアメリカにおける反ドイツ感情の高まりという中で、「米国衛生局は、秋のパンデミックの真っ只中、バイエル社のアスピリン錠の検査をさせられて」いたが、それはつまりアスピリンにインフルエンザの病原菌が混ぜられているというデマが広まっていたからだという事実を、藤原さんは紹介しています。

 そのうえで、「感情によって理性が曇らされる」例として、現在のパンデミックにおける差別意識の広がりを取り上げ、次のとおり強く批判しています。少し長いですが、胸に手を当てて自分を省みるために引用しておきます。

 「 現在も、疑心暗鬼が人びとの心底に沈む差別意識を目覚めさせている。

  これまで世界が差別ととことん戦ってきたならば、こんなときに「コロナ

  ウイルスをばら撒く中国人はお断り」というような発言や欧米でのアジア

  人差別を減少させることができただろう。あるいは政治家たちがこのよう

  な差別意識から自由な人間だったら、きっと危機の時代でも、人間として

  の品位を失うことはなかっただろう。そして、この品性の喪失は、パンデ

  ミック鎮静化のための国際的な協力を邪魔する。」

 

 そして、最後にもう2つの教訓をあげています。

 「第七に、アメリカでは清掃業者がインフルエンザにかかり、ゴミ収集車が動けなくなり、町中にごみがたまったこと」です。今はまだ、日本でこうした状況は見られていないようですが、百年前にはこうしたことが生じていたことになります。

 そして最後は「第八に、為政者や官僚にも感染者が増え、行政手続きが滞る可能性があること」です。イギリスの首相の感染、入院、退院が報じられていますが、長期になればなるほど、対策の中心的な担い手の疲弊感が顕在化してくるということです。

 

◉私たちの「パンデミックを生きる指針」とは

 以上のスペイン風邪の教訓から、藤原さんは私たちがパンデミックを生きる「5つの指針」を導き出しています(「6 クリオの審判」)。

 しかしながら、その前提として、同世代の歴史学者であるユヴァル・ハラリの論説にふれつつ、新型コロナウイルスが鎮静化したからといっても危機が去ったとはいえないのだ、「本当に怖いのはウイルスではなく、ウイルスに怯える人間だ」、と藤原さんは言明します。つまり、ウイルスの危機を切り抜けることができても、「今回のパンデミックは人びとの認識を大きく変える」こととなり、ポスト・新型コロナウイルスの世界は、自国中心主義的国家がモデルとなり、世界の秩序と民主主義国家の本格的な衰退を招来する可能性が高いのかもしれないとし、藤原さんはハラリの協力や連帯を基調とする呼びかけに全面的に賛成しながらも、厳しい見通しを表明しているのです。

 このポスト・新型コロナウイルス問題は、次稿でハラリをはじめとする「知性」の言説を紹介するところで再度論じるつもりであり、ここではこれでとどめておきますが、藤原さんの言葉を二つ抜き書きしておきます。

 「 人びとの不測の事態に対するリスクへの恐怖が高まり、ビッグデータの

  保持と処理を背景とした個別生体管理型の権威国家や自国中心主義的なナ

  ルシズム国家がモデルとなるかもしれない。」

 「 それにしても自国中心主義に溺れる国家が国際社会には溢れすぎてい

  る。こうして、世界の秩序と民主主義国家は本格的な衰退を見せていくの

  かもしれない。すでにパンデミック以前から進行していたように。」

 

 こうして「悪いことはいくらでも想像できる」とする藤原さんは、「世界史の住人たちは一度として、危機の反省から、危機を繰り返さないための未来の指針を生み出したことがない」と断じています。そのうえで、「世界史で流された血の染み付いたバトンを握る」私たちは「今回こそは、今後使いものになる指針めいたものを探ることはできないだろうか」と、以下の「5つの指針」を提示しているのです。

 「第一に、うがい、手洗い、歯磨き、洗顔、換気、入浴、食事、清掃、睡眠という日常の習慣を、誰もが誰からも奪ってはならないこと」です。当たり前すぎてこれは何だという予測される反応に対し、藤原さんは「戦争とそのための船上および鉄道での移動がこのあたりまえの習慣を困難にした」ということを、歴史が私たちに教えていると説いています。

 当たり前のことを当たり前にできることが大切だということでしょう。危機という非日常においてもこうした日常を確保できることが、パンデミックを生きる指針だというのが、藤原さんの主張だと理解しました。

 「第二に、組織内、家庭内での暴力や理不尽な命令に対し、組織や家庭から逃れたり異議申し立てをしたりすることをいっさい自粛しないこと、なにより、自粛させないこと。その受け皿を地方自治体は早急に準備すること」です。第一次世界大戦時にドイツで唱えられたスローガンに総力戦だから「城内平和」で行こうということがあったそうであり、それが20世紀の歴史の常道であったが、「異議申し立ての抑制こそが、かえって新型ウイルスによる被害を増大させるだろう」と、藤原さんは指摘しています。

 「戦争状態」という言葉は諸刃の剣でもあり、「緊張性を高めることのみならず、異論を弾圧することにも極めて効果的な言葉だからだ」と注意喚起しています。このような視点からも、今の日本の現状と進みゆきに対処していく必要があります。

 「第三に、戦争にせよ、五輪にせよ、万博にせよ、災害や感染などで簡単に中止や延期ができないイベントに国家が精魂を費やすことは、税金のみならず、時間の大きな損失となること」です。

 文字通り、延期された東京オリンピックと大阪万博を射程に入れたうえでの指針だといえます。そして、オリンピックの延期に至る調整の期間が新型コロナ対策にとって負の影響を与えたのであろうと、私は思っています。

 

 続いての指針は、藤原さんの本領というべき指針なのでしょう。

 「第四に、現在の経済のグローバル化の陰で戦争のような生活を送ってきた人たちにとって、新型肺炎の飛沫感染の危機がどのような意味を持つのか考えること」です。格差拡大と分断化という基調の中で、「危機は、生活がいつも危機にある人びとにとっては日常である」ことを私たちは忘れがちです。基地の騒音、原発事故、ハラスメント、派遣労働者として働くシングルマザー、学校になじめない子どもたち等々の例をあげて、このことを、権力者はもとより、私たちも忘れてはならないと訴えています。

 そして、次の一文を書き記しています。

 「 なにより、新型コロナウイルスが、こういった弱い立場に追いやられて

  いる人たちにこそ、甚大かつ長期的な影響を及ぼすという予測は、現代史

  を振り返っても十分にありうる。」

 そして、最後は「第五に、危機の時代に立場にあるにも関わらず、情報を統制したり、情報を的確に伝えなかったりする人たちに異議申し立てをやめないこと」です。これも当然と言えば当然の指針ですが、現実は容易なことではないという現象を今目の当たりにしています。

 次のような指摘もされています。なお、期間限定で無料化が行われている新聞メディアもあります。

 「 インターネット上の新聞記事は、個人の生命にかかわる重要な記事にも

  かかわらず、有料が多い。情報の制限が一人の救えたかもしれない命を消

  すこともあるのだ。せめて新型コロナウイルスに関する記事だけでも無料

  で配信するのが、メディアの社会的責任である。」

 

 以上の「パンデミックを生きる指針」を提示したうえで、藤原さんは、「日本は、各国と同様に、歴史の女神クリオによって試されている」とし、「クリオが審判を下す材料は何だろうか」と問い、それはすでに述べてきた、次のことだと結論づけています。

 「 いかに、人間価値の値切りと切り捨てに抗うかである。いかに、感情に

  曇らされて、フラストレーションを「魔女」狩りや「弱いもの」への攻撃

  で晴らすような野蛮に打ち勝つか、である。

 こうした危機の時代にあって、危機の皺寄せがくる人びとのためにどれだけ対策が立てられるかという試金石に補足して、藤原さんは、クリオの判断材料を念押しするように、重ね打ちするように、最後の文章をおいています。

 「 危機の時代は、これまで隠されていた人間の卑しさと日常の危機を顕在

  化させる。危機以前からコロナウイルスにも匹敵する脅威に、もう嫌にな

  るほどさらされてきた人びとのためにどれほど力を尽くし、パンデミック

  後も尽くし続ける覚悟があるのか。皆が石を投げる人間に考えもせずに一

  緒になって石を投げる卑しさを、どこまで抑えることができるのか。これ

  がクリオの判断材料にほかならない。「しっぽ」の切り捨てと責任の押し

  付けでウイルスを「制圧」したと奢る国家は、パンデミック後の世界で

  は、もはや恥ずかしさのあまり崩れ落ちていくだろう。

 

 以上が、私のノートです。これは歴史研究者である藤原辰史さんの論説であると同時に、思想家の文章だと感じました。とりわけ最後に展開された「クリオの審判」は、藤原さんの意図は別にあるとしても、彼の眼差しを通した思想の表明だと受け取るべきでしょう。

 前記のとおりポスト・新型コロナウイルスの世界について、厳しい見通しを示した藤原さんからすれば、最後の「もはや恥ずかしさのあまり崩れ落ちていくだろう」という一文は、希望の表明だと思わざるをえませんでした。論理整合的には、「もはや恥ずかしさのあまり崩れ落ちていくだろうか」と、「か」が必要だったというべきですが、ここには「か」は書かれていないのです。藤原さんのポスト・新型コロナウイルスの見通しに記された「自国中心主義的なナルシズム国家」がおそろしく鉄面皮なものであろうことは、議論の余地がないはずですから。

 だからといって、このテキストを全体として否定しているわけではありません。というより、深く共鳴できるところが多かったけれど、もはや私には実行し、力になることができそうにないということです。

 せめて、このテキストが内包している基本姿勢を忘れることなく、というより批判的精神を失うことなく「贅沢な自粛」の日々を送りたいと念じています。

 

 次稿では、多くの識者たちがそれぞれ「現下のパンデミックとパンデミック後の世界」をどのように認識し、いかなる見通しをもっているかを確認しておくことにします。この作業を通して、今回の藤原辰史さんの言説との関係も論じられたらと思っています。

 今回のような「人類レベルの危機」が私たちの「日常生活の背後」に忍び寄っているのだ、すなわち「私たち」と「人類」のつながりというものを、同じ時間を生きていることを、これほど感じたことはありません。こんな視点からも、パンデミックを、もう少し考えてみることにします。

                    【続く:(1)/(2・完)へ】

 

 

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70代前半。兵庫県在住。ニックネームは「パンテオンの穴」。
リタイア後の日々の中で思いを泳がせて、あるいは思いが泳いで 感じたこと、考えたことなどを、のんびりと綴っています。
                         
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