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2016.01.31 Sunday

再聴・歌と出会う<1>ージューン・クリスティー

 先頃、シリーズ化ができたらと「再読・詩と出会う」を始めさせてもらいましたが、今回は「再聴・歌と出会う」にも最初のトライをしてみることにします。かつて<いいなあ><ドキッとしたなあ>と感じた歌を、その歌手のLP、CDで改めて聴いてみようというシリーズです。
 「歌」であれば言語を選ばずにやろうという趣旨ですが、まずはジャズ・ボーカルから取りついてみようかと考えています。英語の歌詞の意味をわからないまま聴いてきていますので、ここで英語の歌詞を採録して、できれば何がしかそんなことだったのかと腑に落ちたらありがたいなと思ったからです。
 誤解されたらいけないのでお断りしておきます。昔々、いちおう大学受験を通り抜けたのでしょうがとよく言われますが、今となっては、私の言語は日本語だけです。英語については少し単語の意味が分かる程度なので、ましてや英語の歌詞のニュアンスなど全く理解の及ぶところではありません。ですから、英語の歌詞の採録は、私の英語の勉強のためだと思ってお付き合いしていただければと思います。

 ジャズという音楽には、学生の頃に出会ってから、私にとっては大切な音楽ですが、ジャズの中の「歌もの」といわれるボーカルはずっと後になって聴きだしました。いわゆる三大シンガーと呼ばれたエラ・サラ・カーメンは聴いていたのだけれど、年を重ねて、仕事関係の書類や資料を読むことが毎日の中心となってしまっていた頃、50年代に活躍した多くの歌手のスタンダードがささくれ立った心にやすらぎを与えてくれると発見したところから始まっているように思います。
 その導き手は寺島靖国さんだったのでしょう。ジャズ喫茶を営みながら、評論というよりジャズ話をたくさん書いている方で、中年になってからジャズ・ボーカルに開眼したという彼からの影響が大きいと思います。シャウトしないボーカルを好む彼の本を枕もとのリラクゼーションとしながら、気がついたら少しずつレコードやCDを集めだしていました。
 だいぶ経ってからのことになりますが、北村公一さんのジャズ・ボーカル関係の本も私の性向というか、求めていたことと近いものを感じました。本のタイトルが『ジャズ・ボーカル感傷旅行』『ジャズ・ボーカル哀愁旅行』『ジャズ・ボーカル追憶旅行』(いずれも現代書館発行)であり、「感傷」「哀愁」「追憶」という感情に訴えてくる言葉が、ないものねだりをしたがる私にとって、遠い憧れのようにひびいていたものと思います。


  寺島靖国さんの文庫本です。講談社+α文庫4冊、朝日文庫2冊

  北村公一さんのジャズ・ボーカル本 いずれも現代書館刊
 
 第1回は、ジャズ・ボーカルを聴きはじめたころに出会ったジューン・クリスティ(1925-1990年)の歌を聴いてみることにいたしましょう。ネットですぐに情報が入手できる時代なので避けたいのですが、少しだけ。ジューン・クリスティは1950年代を代表する白人ジャズ歌手で、アニタ・オディを継いで1945年にスタン・ケントン(1911-1979年)が主宰する楽団の専属歌手となって人気を博し、1951年独立後も『サムシング・クール』など多くのアルバムを発表しました。
 40年から50年代はビッグバンドの時代であり、60年代にロックに取って代わられるまでポピュラー音楽の中心に君臨していたのですから、今、想像するより、彼女の人気というものはマイナー音楽のスターというのではなく、もっとメジャーなものだったのです。
 
◈気になる二人の『デュエット』
 ジューン・クリスティのボーカル、スタン・ケントンのピアノの『デュエット』というアルバムがあります。この録音は1955年で、45年の入団からちょうど10年という節目を記念した再会セッションとして二人だけの演奏を収めたものです。ビッグバンドの時代ですから、キャピトルに吹き込んだ彼女のアルバムの中では売れ行きがあまり芳しくなかった方の一枚だったみたいです。  
 まずは、ジャケットの表面と裏面の写真をみていただきたいのです。どんなことを感じられますか。
 特に裏面の二人のモノクロ写真からは、恋人同士のようにみえたりしませんか。少なくとも特別な関係にある二人であると感じます。下衆の勘ぐり的にいうと、少し年のはなれた二人の(このときクリスティ30歳、ケントン44歳)、ちょっと怪しい関係、ただならぬ関係のようにもみえたりしますね。
 原盤のライナー・ノーツには、次のように書かれた部分があり、この写真はそんなムードを表現する演出的な一面もあったのかもしれません。
  「 このレコードには、パーティが終って、みんな家に帰ってしまったあ
   と、一人ピアノによりかかって歌をきいているような雰囲気がある。男
   がピアノを弾き、女が歌を歌っていて、その孤独な、しかし、甘くさび
   しいムードがとてもすばらしく、去りがたい気持ちで最後のタバコを
   吸っている。そんな気分のレコードだ」


  『デュエット』LP版 [表] ジューン・クリスティ(vo) スタン・ケントン(p)

  同上 [裏]

   『ザ・ミスティ・ミス・クリスティ』1956年録音 
   彼女の容姿や雰囲気がよくわかるので掲載しました。   

 こんな気になる二人ですが、CD版のライナー・ノーツに、ジャズボーカルに造詣の深い高田敬三さんが、二人の関係を、師弟、同志としての敬愛と信頼の関係として説得的な解説を寄せています。
  「 何よりも、歌と、その伴奏という型ではなく、ジューン・クリスティ
         の歌と、スタン・ケントンのピアノの演奏が、対等にぶつかり合うと
         いった感じの内容は今でも新鮮だ。自己を主張しながらも、お互いの信
   頼の上に立って、語り合っている様だ。」
  「 ケントン時代、ジューン・クリスティは、彼から何をどう歌え、と
   いった様な細かい指図は一切受けず、彼女の気分が落ち込んでいる時は
   引き立ててくれ、気分が乗りすぎている時は抑えてくれるといったおお
   まかなやり方で彼女を上手く育ててくれたという。クリスティもそれに
   応えて、ケントン楽団の人気を高めるのに貢献してきた。こうした二人
   の10年間の関係を象徴するような内容の作品になっている。」

 このレコードを聴いていると、二人が語り合っているようだというのが、私の感想のすべてですが、こんな解説を読むと、その語り合いという親密さの中の厳しさ、プロ中のプロがぶつかりあっているような感じもしてきました。

 このアルバムの冒頭におかれた「エヴリタイム・ウィ・セイ・グッドバイ」と、CD版でボーナストラックとして追加された「ボディ・アンド・ソウル」の2つの<スタンダード>の歌詞を採録しておくことにします。
 「エヴリタイム・ウィ・セイ・グッドバイ」はこのアルバムの主調音である「語り合う」ことを最も体現していることから取り上げました。1940年、コール・ポーターの作詞・作曲です。
 
   EVERYTIME WE SAY GOODBYE

  Everytime we say goodbye
      I die a little

  Everytime we say goodbye
      I wonder why a little

  Why do gods above me 
  Who must be in the note
  Sing so little of me,they allow you to go
  When you're near
      There's such an air of Spring about it
  I can hear a lark
      Somewhere begin to sing about it
  There's no love song finer
  But how strang the change
       From majar to minor
   Everytime we say goodbye


 シンプルなラブソングだと理解していいのでしょうか。「I die a little」「There's no love song finer」「the change from majar to minor」このような表現があるのですね。
 続いて、有名曲である「ボディ・アンド・ソウル(身も心も)」も書いておきましょう。1930年、作詞はロバート・サウアら三人の共作です。ビリー・ホリデーの絶唱が有名です。

   BODY AND SOUL

  My heart is sad and lonely
      I cry for you ,for you dear only
      Why haven't you seen it
      I'm all for you, Body and soul
     
      I spend my nights in longing
      And wondering why it's me all wronging
      I tell you I mean it
      I'm all for you, Body and soul 

      I can't believe it
      It's hard concieve it
      That you throw away romance
      Are you pretending
      This looks like ending
      Unless I could have one more chance,dear

      My love would wreck your making 
      You know I'm yours
      Just for the taking
      I'd gladly surrender myself to you
      Body and soul


 これも熱烈なラブソングなのでしょうが、少し複雑ですね。こんな失恋や片思いといった心の痛みをテーマにした歌は<トーチソング>と呼ばれていましたが、その一つなのだそうです。この恋は終わりのように思うのですが、終わらせたくないという心の叫びのようなものと理解すればよいのでしょうか。
 歌詞を書いてみて、おぼろげながら意味にふれると、こんな意味の歌を聴いて心のやすらぎを感じていたなんて笑ってしまいますね。なんだか意味のわからないことは別に悪いことじゃないということになりはしますまいか。
 「ボディ・アンド・ソウル」は30年近く前の記憶と結びついているので書いておきたかったのです。


◈「ボディ・アンド・ソウル」のころ
 六本木近くに半年ほどいたことがあると言ったら、それなんのことやになるのでしょうか。確かに暮らしていたともいえませんが、六本木から歩いて30分もかからないところで寝泊まりしていたのです。日比谷線広尾駅から有栖川公園の方に向かうと、すぐそばに『自治大学校』(現在は立川に移転)がありました。そこに1986年10月から翌年の3月にかけての期間、その学校へ半年間の研修に出かける機会がありました。そのコースには道府県や大都市の自治体から各2、3名が派遣されて集まっていました。  
 古い学校施設でしたが、敷地内には寮もあってそこで寝泊まりしていたのです。兵庫県からは、Nさん、Oさん、私の3名が同期というわけです。寮は日曜日だけ夕食がなく、ときどき三人だけで麻生十番まで、古きよき東京山の手という住家や建物を眺めながら、フラフラと歩いていき、蕎麦屋で寄せ鍋を食べながら話していました。冬の間にこのコースを何回か繰り返すと、そろそろ春が、そして気の重くなるような仕事場への復帰が近づいてきました。
 こうして東京で知り合ったといってもよい三人の交友は続きましたが、最も元気であったNさんが10年以上も前のこと、白血病を患い、闘病ののち亡くなりました。麻布十番の蕎麦屋のころ、Nさんだけが日本酒を飲み、相手にならないようなビールだけのOさんと私を相手に少し声が大きくなって話したりしていたのに。
 病院にNさんを見舞い、生きたいと強く願っていたであろうNさんに接し、そして無菌室のドアの前で別れるときの彼の思いを想像すると胸苦しくなります。今頃になって何もできなかったという無力感が強くなってきました。最近、Oさんと会っていると、Oさんの方がもっと強いのかわかりませんが、Nさんの不在が今更のようにこたえます。というか、今になると、不在であることのリアリティがゆらいでいるように思えたりもします。
 本題ですが、六本木交差点近くに「BODY&SOUL」というジャズライブの店がありました。三人だけで出かけたこともあったと思いますし、研修仲間で行きたいという人を募って連れだって出かけたようなこともありました。HPには、現在は南青山に移転しており、創立40年を迎えたと書いてありますから、私たちが出かけていたのはちょうどできてから10年ぐらいのころでジャズ喫茶に近いようなスペースと雰囲気であったと記憶しています。あまりジャズ・クラブらしくなかったことが、私たちのような田舎者には入りやすかったのだと思います。
 今回、『デュエット』の中から「エヴリタイム・ウィ・セイ・グッドバイ」とともに「ボディ・アンド・ソウル」を採録しておきたいと思ったわけが、こんな30年近く前の六本木にあったのです。
 そして、寮で同室であった北海道のKさんも再会できないまま一昨年に亡くなられました。

◈<INTIMATE>を日本語にしてみると
 ジャズ・ボーカルというと、この曲だと思いこんでいるのが「イット・ネバー・エンタード・マイ・マインド(It never entered my mind)」です(このリンクはジューン・クリスティを探すことができなかったのでジュリー・ロンドンの歌唱です)
。1940年のミュージカル「高く、もっと高く」のためにロレンツ・ハート(詞)、リチャード・ロジャース(曲)が書いたバラードの名曲です。マイルス・デービスの『ワーキン』の演奏が有名ですが、多くの歌手が取り上げています。
 この曲は偶然に購入したジューン・クリスティの『THE INTIMATE MISS CHRISTY(ジ・インティメイト・ミス・クリスティ)』というLPで聴いて初めて意識しました。それまでにも聴いたことがあったと思いますが、とにかくぐっと掴まれたのがこのアルバムであったことは間違いありません。
 このアルバムは、1962年の録音でキャピトルの全盛期をすぎた後期であり、過度の飲酒癖のため声に衰えがみえはじめたといわれていたようで、あまり知られていない作品なのです。でも私には彼女らしい歌唱、ギター、ベース、フルートだけの伴奏によってより彼女の特質、ハスキー・ボイスによるデリケートな歌唱の上手さがはっきりと感じられる最も好きなレコードです。


  『ジ・インティメイト・ミス・クリスティ』1962年頃の録音

 長くなりましたので、「イット・ネバー・エンタード・マイ・マインド」の歌詞は次回以降に回すとして(他の歌手も歌っていますので。「It never enqered my mind」の言い回しは面白いですね。あなたの言っていることが「何にもわかっていなかった」という意味になるようですが)、ここでは、タイトルにある<intimate>のことについてだけふれて終わりとしたいと思います。
 このアルバム
のライナー・ノーツは、『デュエット』の高田敬三さんとならんでジャズ・ボーカルアルバムでよく名前を見かけることが多い山口弘慈さんです。このライナーの中で、山口さんは<intimate>に次のように日本語をあてています。
  「 この゛ジ・インティメイト・ミス・クリスティ゛と題するこのアルバ
   ム・タイトルにある゛インティメイト(心の奥底からの)゛に象徴される
   ように、ジューン・クリスティのバラード・ナンバーにおけるキメの細
   かいデリケートな表情づけが、シンプルな伴奏フォーマットとみごとに
   調和した秀作。まさに心にしみるような味わいをもったジャズ・ボーカ
   ルの傑作といっていい。 」

 「intimate」には「心の奥底からの」という意味(intimate feelingsという用例もあります)もあるようですが、いかかでしょうか。捨てがたい魅力的な理解ではありますが、やはり「親しい」「親密な」という意味の方が「intimate atmosphere」というように近いように思います。
 原盤のライナー・ノーツではこのレコードが2名か3名かのトップミュージシャンの伴奏から成立しているとした直後に次のことが書かれています。
  「 The intimacy,however,is not confined to the
          small-scaled accompaniment. 」

 「The intimacy」は伴奏だけにとどまらず、選びに選んだ選曲になっているというのに続いていきますので、やはり山口さんのようにジューン・クリスティの歌唱に「心の奥底からの」のものがあるというまでの意味では使われていないように思います。どちらでもよいことかしれませんが、それでも、このアルバムからは、「心の奥底からの」にふさわしい歌が聴こえてくるのです。

 それにしても母国語ではない言語、この場合は英語ですが、やはり大まかな意味でもつかむことは難しいものですね。もちろん日本語の歌詞でも同じ難しさはありますが、細部は無理でも全体の状況を理解することはなんとなくできるというのがマザータングであることの由縁なのでしょう。
 
 今回取り上げた2枚のアルバムに共通しているのはインティメイトな空間を感じつつ静かに聴くことができることであり、そして意味もわからないまま<ああいいなあ><かっこいいなあ>というのが私にとってのジャズ・ボーカルなのであろうと思います。それが出発点であり、歌詞の意味がどうであれ、これからもそうであることでしょう。


  『サムシング・クール』1954年録音 これはステレオバージョンで1960年再録音したもの
  このアルバムがわが国では最も有名(名盤として名高い作品) 

 
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70代前半。兵庫県在住。ニックネームは「パンテオンの穴」。
リタイア後の日々の中で思いを泳がせて、あるいは思いが泳いで 感じたこと、考えたことなどを、のんびりと綴っています。
                         
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