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2018.07.24 Tuesday

静寂が叫んでいるようだーマルクス・ガブリエルの視線の先はー(2・完)

  前稿は、毎日新聞の記事「広がる 「21世紀型ファシズム」」(2018年7月6日夕刊)の後半部「スピード社会は我々を壊す」を要約したところで中途半端な終わり方をしていました。続けて、その前半部の「政治の倫理は大事なものではなくなった」のポイントをメモするところから続けます。

 

 記事の冒頭には、「安倍晋三政権は、政治家が倫理から懸け離れてしまった現代の象徴」というマルクス・ガブリエル(以下「M」)が発したことばがおかれています。

 こうした記事の一つの帰結の前提として、Mは、ロシアのプーチン大統領など権威主義的リーダーが目立つ現代の政治を、ムソリーニによるイタリアのファシズムと似ているとします。そして、あまりなじみがありませんが、ムソリーニ時代の「未来志向」を強調する社会運動「未来派」をキーワードに「21世紀型ファシズム」を説明しています。

 「 未来は過ぎゆく時間の一部で、中身のない幻想です。ファシズムはこの

  幻想で大衆を動かす。つまり、未来を目指すなら、現在は悪であり、今の

  ルールを壊さなくてはならないと国民を誘導する。これは今の日本のみな

  らず世界に広がっている動きです。」

 政治スキャンダルをいくら重ねても政権が崩れない現状を、Mは「まさにファシズム的統治の成果」だとし、私たちがよく使う「無責任」というより「倫理」で読み解き、次のように語ったとあります。

 「 有権者はかつて、倫理を備えたリーダーか、そういうふりをする指導者

  を求めてきましたが、最近は政治にとり倫理は大事なものではなく

  なった。典型がトランプ、安倍政権です。」

 どうして「倫理」が問われないのかについて、Mは次の発言をしています。

 「 古い価値観を捨てなければラジカルな未来は開けないという絵空事のよ

  うな言葉が、人々の倫理を鈍らせるのです。安倍政権は経済を安定させれ

  ば政権は揺るがないとわかっている。政権の中身がどうあれ、どれほどス

  キャンダルが続こうと、権威主義、強い男のイメージが備わっていればな

  んとなく支持されると。」

 繰りかえすと、「古い価値観を捨てなければラジカルな未来は開けないという絵空事のような言葉が、人々の倫理を鈍らせる」というMのことばは、今この国で生じている現実として、私は重いものを感じています。

 Mのいう「古い価値観」とは何か、このような捨てるべきものと捨ててはならないものが混同され、あげくは転倒されてしまう政治の只中で、いわば、「現実」「事実」と「幻想」「ウソ」を天秤秤にのせると、「幻想」「ウソ」の方へ大きく傾いてしまい、そのことが「現実」「事実」に基づかなければならない「倫理」を摩滅させているのです。

 当然のことながら、Mの「21世紀型ファシズム」は、今や、世界を席巻する「ポピュリズム現象」と表裏一体をなすものです。毎日新聞は来日前のMにインタビューし、前掲の記事の2ヵ月ほど前に「ポピュリズム現象は? 社会脅かすウソの政治」(2018年5月14日夕刊)として報じています。この記事で補足しておくことにしましょう。

 「ポピュリズム現象」とMの「21世紀型ファシズム」の関係は必ずしも明示されていませんが、相互貫入、相互依存の関係にあるのは明確でしょう。つまり「ポピュリズム現象」は「21世紀型ファシズム」の産婆役、先導役であり、逆に「21世紀型ファシズム」は「ポピュリズム現象」の保護者であるともいえるのではないでしょうか。

 ともあれ、現代の狭義のポピュリズムは、歴史的事実を否定し、複雑な現実を単純化して、都合の良いウソをまとった幻想を主張する運動、もとより政治的活動だということができます。このようなポピュリズムという存在と一体となった「ウソの物語」に基づいて政治が行われることの危険性について、Mは次のように答えています。

 「 社会は「我々は何をなすべきか」を指し示す規範によって作られるシス

  テムです。そして、政治はこの規範を生み出すものです。ですから、(ウ

  ソの物語によって)政治が誤った事実と認識に基づくことになれば、社会は

  事実とかけ離れてしまいます。ポピュリズムは誤った社会を形として表出

  させたものであり、社会の存続を脅かす存在です。」

 「ポピュリズムは誤った社会を形として表出させたもの」は、インパクトのある表現です。こうした負のベクトルをもったポピュリズムに、今、どうして人々が魅了されるのでしょうか。

 このことについて、Mはフロイトを持ち出し、次のように説明しています。

 「 人の文化的活動は、心理学者フロイトが名付けた(本能的に欲求を満た

  す)「快楽原則」と、(社会の仕組みを考慮し欲求を制御する)「現実原則」

  が調和している時に成り立ちます。このバランスが崩れると人は心を病み

  ますが、私たちはこの二つが一致しにくい病める社会に暮らしているた

  め、複雑な現実を単純化して提供してくれるポピュリズムのような(都合の

  良い)「幻想」を求めるのです。」

 

 では、「ポピュリズム」が跳梁する「21世紀型ファシズム」を前にして、どうすればよいのか。高い壁とともに無力感を感じずにはおれない、かつ時間的な猶予が想像しにくい、この問いにMは答えています。

 前稿の最後に、Mは「人間を壊さないモデルだ。扉の向こうにあるのは不平等解消のあるべき姿だ」と発言し、求めるべき方向として「不平等の解消」を重視していることを紹介しました。

 さらに、具体的には、Mは、資本主義下でもできる話だとして、ベーシックインカム(最低所得保障)に加え、マキシマムインカム(収入の上限)(例えば月額50万€)が必要だと説明したそうで、次のことばを続けています。

 「 国レベルでも世界レベルでも今の不平等は過去最高。今の民主主義の危

  機もポピュリズムも権威主義も、不平等の問題から来ている。扉の向こう

  にあるのは、それを乗り越えた新たな社会モデルだ。」

 その理想への道は革命的な激変ではなく、「じわじわと時間をかけて人の精神が変わっていく」ことによるとみていて、次のように、半ば冗談っぽく、半ば真剣に、発言したとあります。

 「 北欧などにはそれに近い考えがあるし、日本は今こそ格差がひどいけ

  ど、かつては収入格差が極めて小さい良き価値観を備えていた。日本がモ

  デルになれるかもしれない。」

 

 以上、Mの現代の社会と政治、特に先進国に共通する現象、そしてこうした現象が日本にも象徴的に現れていること、こうした分析はそんなに目新しいものではありません(例えば当ブログ「「そんなもんなんだ」と思考停止する前にー世界を見つめる視点ー」)。でも、哲学者の視線というか、ドイツ人というか、そこから発せられることばはやはり際立った個性があります。

 Mが扉の向こうにみる「新たな社会モデル」、その根っこにある「人を壊さない社会」「不平等の解消」という視点は、私自身もそう考えていて同意します。ただし、その理想への道筋として「じわじわと時間をかけて人の精神が変わっていく」というイメージを、残念ながら持つことができません。そのためにどのような方法がありうるのか、さらにいえば実現の可能性という点で高い壁、いわばファイアーウォールの存在を意識してしまうということです。 

 

 さて、先のテレビ番組で、私がMの哲学の本質、というより人間観、世界観にちょっと接近できたと感じたところを紹介しておきたいのです。

 当該部分は、世界的なロボット研究者である石黒浩大阪大学教授の研究室を訪問した場面です。この訪問がMの希望なのか、NHKの用意したものか分かりませんが、9日間の日本滞在を切り刻んだ構成でまとめたテレビドキュメンタリーにあって、最も長く時間をあてたところで、私からしても番組中の白眉だと感じました。

 研究室へ案内され、教授自身の5代目というロボット、ヒューマノイド(教授は「これが私のコピーです。海外へ送り講演させたりもしています」と話します)を、Mはこれを興味深く見たりさわったりして「でもやっぱり心は無いように感じる」とつぶやくところから、対話(単なる平行線ともいえますが)がはじまります。

 Mが最も強く反論した部分(正面から異論を主張)だけを取り上げます。

 まず、石黒教授の発言です。各画面のキャプションを箇条書きにしました。

 「・私は人類の未来についてある仮定を持っています/

  ・人間が動物であることです/

  ・技術を使わなければ猿になる。/

  ・人間は初めから技術やロボットと密接に結ばれています/

  ・だから将来、人間とロボットの境界は消えるだろうと推測しています/

  ・なぜロボットにこれほど夢中なのかというと、それが我々人間の目標だ

   からです」

 

 この石黒発言に対し、Mは静かに、だけれどきっぱりと、次の意見を語っています。

 「・私の考えとは深い相違があるようですね。逆の意見です/

  ・そうはならないし、試すことすらすべきでないと思います/

  ・なぜなら私たちの倫理的価値の土台は進化上の祖先にあるからです/

  ・¨私たちは猿だ¨それが倫理の源です

 ここで石黒教室の外国人研究者が「技術の進歩が人間性を損なうのですか?」という質問を出します。この問いかけに対し、Mはそうではないと否定しつつ、さらに発言を続けます。

 「・いいえ全くそうでないと思います/

  ・人間性はその度合いが減ったりするようなものではありません/

  ・人間性とはすなわち動物であることです/

  ・人間という種は本質的に10万年間は変わっていないのです/

  ・だが技術によって我々の自己像は変わる/

  ・動物であることは変わらなくとも/

  ・技術の進歩への適応は自己認識を変えてしまうのです/

  ・それが私たちの倫理と行動様式を変えてしまうのです/

  ・それは民主主義の土台が揺らぐということです/

  ・コンピューターによる社会の支配につながりかねません/

  ・それが気がかりです/

  ・今のところ日本社会はまだ民主主義ですが、しかし民主主義は脅かされ

   ている/

  ・「動物としての自己像」が脅かされているからです/

  ・正しいかどうかわかりませんが、このような見方があることを伝えてお

   きます」

 石黒教授は人類の未来として人間とロボットの境界は消えるだろうと予測しています。これは、技術万能主義に基づく自然科学的世界像、とりわけ近い将来に人工知能(AI)が人間の知性を超えるというシンギュラリティ論の立場を表明しているといえます。

 この石黒の世界像、人間観に対し、Mは明確に反対する見解を述べています。石黒の論は動物、猿としての人間の基本から離れた(「踏み外した」ということでしょうか)ところに構築されたもので、結局、人間の存立を危うくすることになると指摘しているのです。いわば自然科学だけが客観的であり、万物の尺度だとする「科学主義」を、人間の現実を踏まえない大きな誤謬だと否定しているのです。つまり技術の進歩への適応は、知性をもつ猿としての人間の自己認識を変質させてしまう、その結果、人間の人間たる基盤(Mのいう「人間性」ということもできます)が脅かされ、「倫理と行動様式の変質→民主主義の土台の揺らぎ→コンピューターによる社会の支配」という経路を招来すると、強く批判しています。 

 以上、私にとってはテレビを見ていてすうっと頭に入ってくる二人のやりとりではないのですが、二人の立脚点の相違、人間観、世界観の違いが正反対の隔たりを作り出していることは明確に伝わってきました。

 

 斎藤哲也という方によるMへのインタビュー記事(「コンピューターは哲学者に勝てない」)をネットで読むと、もう少し理解が進んだ気持ちになりましたので、少しふれることにします。

 Mが今秋出版する予定の新しい本は「人間とは動物でありたくない動物である」という一文から始まるのだそうです。「私たちは、自分の中には非生物学的なものがある」と想像しているのであって、Mはそれが「知性(インテリジェンス)」だと説明します。

 このような人間が知性を用いて「思考することとは、見ることや触ることと同様、一種の感覚の様式」であり、Mは「思考と脳の関係は、歩くことと靴との関係に似ていて」、靴が歩くわけではないように、「脳という物質が考えている」わけではなく、だから「脳は複雑な構造をもつ知性の一部にしかすぎません」といいます。ですから「人工知能」というものは存在していなくて、その証拠に「「AI研究者の誰一人として「知性」とは何を意味するか」について何も教えてくれない」と、Mは批判するのです。

 したがって、石黒教授をはじめとするシンギュラリティ論は、こうした人間のもつ「知性」というものを理解していないことにおいて根本的な誤りがあるのだと、Mは断じているのです。

 

 こうしたシンギュラリティ論の基盤となる「自然科学だけを真実と捉え、それ以外の想像的な事象を虚構と見なす科学主義」を、Mは「民主主義を損なうことにつながる」とし、それは「人権や自由、平等といった民主主義を支える価値体系を信じないニヒリズムに陥ってしまう」からだと説明していますそして、ニヒリストは価値そのものを幻想や虚構と考えることからすると、ドイツのメルケルより金正恩の方が好きなトランプは「民主主義的な解決のさじを投げてしまっている」典型的なニヒリストだと、Mは評しています。

 残念ながら危機の時代に立たされているとするMは、「これからの100年のために、分かれ道の前でどちらに進むかを決めなければなりません」と語っています。一方の道は「世界規模のサイバー独裁や全人類の滅亡に続く」もので(中国の現状、テクノロジーと自然科学の力によって自由がどんどん失なわれて、監視社会化が進行していることを例示しています)、もう一方は「普遍的なヒューマニズムを追求していく道」だとします。そして、Mの道はもちろん後者ですが、次のようにインタビューで語ったとあります。

 「 あらゆる人間存在の中の同一性を認識し、それを人類のこれからの発展

  のための原動力にしていく道です。後者に進むのであれば、私たちは、さ

  まざまな人間存在のあり方を会議のテーブルに持ち寄り、グローバルな格

  差をなくしていくためのシステムを共につくらなくてはなりません。それ

  ができて、人類滅亡というファンタジーは消え去っていくのです。」

 この道に呼応するように、テレビの方では、次のようなことばが映像となっていました。

 「・近代合理性を更新するため国を越えた連携を強く求めている/

       ・だから呼ばれればいつでもどこでも行くよ/

  ・日本は強力な連携の相手だ/

  ・思索する人による理性的な社会をつくるためにね/

  ・なぜなら地球環境の問題は科学でしか解決できない

  ・また民主主義の問題は哲学でしか解決できない/

  ・日本がいないと解決できないと思う」

 正直に言えば、ここにみられるMの自信と決意は、私のような「ヒューマニズム」に価値をおく者にとっても、想像の矢が十分に届かず逆にファンタジーのような感覚を打ち消すことはできないのです。でもしかし、日本を、日本で思索しようとする人びとを、なくてはならない連携の相手と発言していることは、ある種の欧米思想のはらむ限界の乗り越えとして、Mの哲学?の現実性を証明しているのかもしれないと感じています。

 

 最後に、Mがテレビ番組「欲望の時代の哲学ーマルクス・ガブリエル 日本を行くー」のラストで、すなわち「静寂が叫んでいるようだ」の場面に続いて制作者のテロップが流れた、さらにその後、ほんとのラストで視聴者に向けて語ったのであろう映像がありました。それは奇妙に現実的で平易で生々しい、次のことば、メッセージです。

 「・日本に張り巡らされた社会の網の目は窮屈かもしれない

  ・だがそこにある見えない壁(ファイアーウォール)を乗り越えないといけ

   ない/

  ・日々 家族でも友人でも/

  ・冷笑的で 反民主的な態度に出会ったら/

  ・ノーと言おう みんなと違っても言おう/

  ・「自由」に考えることに 最上の価値を置くべきです

 このメッセージには、マルクス・ガブリエルの哲学、思想のエッセンスがあると思いました。

                        【終:(1)、(2・完)】

 

 

コメント
コメントをありがとうございます。
お目にとめて読んでいただいたようでありがたいことです。
同じマルクス。ガブリエルの関係ですが、今年になって「「欲望」の時代を生きるということー『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する』の視点からー」をアップしました。とても読みづらいものになってしまっていますが、一連のものとして書いたつもりです。
なお、このブログで紹介したNHK出版新書には、Mと石黒教授の対談の詳細が掲載されています。私としては、テレビ番組に比べ、ニュートラルに読むことができました。
それでは失礼いたします。

  • パンテオンの穴
  • 2019.02.03 Sunday 12:53
再放送をたまたま途中から目にし、とても興味深くて、他の方の記録を検索し辿りつきました。
細かく記録されており、とても参考になりました。

石黒教授との対談のシーン、後半のマルクスさんの語りを聞く石黒さんの仕草や表情が「聴きたくない、受け入れたくない」という歪みが滲み出ていて、観ていてしんどくなりつつも、前半の石黒さんの語りでは(征服欲を強く感じ)逆に怖いなこの人の考え...と感じた自分は、改めてマルクスさんと同じ考え方だなと...。
とても面白い興味深い番組でした。
  • 通りすがり
  • 2019.02.03 Sunday 01:57
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プロフィール
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70代前半。兵庫県在住。ニックネームは「パンテオンの穴」。
リタイア後の日々の中で思いを泳がせて、あるいは思いが泳いで 感じたこと、考えたことなどを、のんびりと綴っています。
                         
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