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2017.11.03 Friday

写真と写真集の間にーロバート・フランク『ブラック・ホワイト・アンド・シングス』ー

 最近、かつて出会うこともなかった「想定外」という言葉に心がざわついたりしますが、「想定内」と「想定外」の関係や割合について何か感じられることがあるでしょうか。

 二週間続きで台風に見舞われたあと、この地にも本格的な秋がやってきました。透明な空気にやっと絶好調ですと大声を出したいところですが、想定外の身体不調が発生しました。意思と無関係に眼球が動くというめまいの症状です。ヒッチコックの映画を思い浮かべてみる余裕もありませんでした。

 想定外は予想もできなかった出来事や状況が生じることだといえますが、さまざまなシチュエーションや時間の幅で受け取り方は変化します。もちろん想定外のことだったで終わることもありますが、想定外のことばかりでは堪えようもなくて、想定外だったけれどこれも想定内といえるのかな、ちょっと致し方ないのかなと受容する過程をたどることも多いようです。

 逆に、とりとめもない一日、変哲もない一日と書くと、想定内の一日だったのですねとなります。でも、思えば、そんな一日にも想定外のことばかりが生じていて、それを想定内と受けとめていく時間の幅が短時間、あるいは同時に近いだけということかもしれません。

 天気予報の確率は高まっていると感じますが、それは楽しいことなのでしょうか。それでも想定外のことはやってきます。想定外、想定内の区分や受けとめ方は、多分に私たちのあり方そのものが、生き方といってもいいのでしょうが、影響しています。想定外ばかりでも疲れますし、想定内ばかりでもつまらなく感じます。歴史的、文化的な背景抜きで語ることはできませんが、今を生きる私たちそれぞれにとっていいバランスがありそうです。

 ことほどさように、私たちの人生も、いい加減なというか、優柔無碍な想定内と想定外のバランスのなかで泳いでいるということもできそうだと思っています。

 

 「想定外」とは関係ありませんが、こんなタイミングでロバート・フランクの写真集が出現しました。もちろん写真集から歩いてやってきたわけではありません。

 私の手元にはロバート・フランクの写真集は一冊もないものと思いこんで、9月から神戸でのフランクの展覧会をテーマに書いてきました。これで終わりにしようとフランクの資料類を片づけていると、ほんとにそばの本棚にあったのです。展覧会の前にフランクの写真集があったかなと探したとき、写真集としては薄っぺらくてわかりにくかったということなのでしょうが、「口笛文庫」で手に入れたことを完全に忘れていました。

 ヴェネツィアのときと同じく、後からということになりますが、フランク関係の締めとして、写真集『ブラック・ホワイト・アンド・シングス』について、展覧会のことも絡めて紹介させていただくこととします。

 この写真集は、1952年にフランクが3冊だけ作成した手製本をベースに、1994年にワシントンDCのナショナル・ギャラリーで開かれた大回顧展にあわせて出版されたものです。2009年のシュタイデル社版より少し大きい版型(275×264)となっています。

  ロバート・フランク『ブラック・ホワイト・アンド・シングス』National Gallery of Art/1994

  上記の2つの言葉は、同じ写真集の冒頭のページにおかれています

 

 写真集は(たった)34枚のプリントが三つのセクション「BLACK(黒)」「WHITE(白)」「THINGS(もの)」に分かれて配置されており、いずれもフランクがアメリカにやってきた以降、旅から旅への移動を繰り返すなかで撮影した膨大な写真群からチョイスされています。

 冒頭ページの言葉を日本語訳で書いてみます。上段の二行は1943年に刊行されたサン=テグジュペリ『星の王子様』の一節の引用です。

 「 ものごとはね、心で見なくてはよく見えない/いちばんたいせつなことは

  目に見えない。」

  [ ひとがほんとうに見ることができるのはただ心によってのみ。一番大切

   なものは目に見えない。]

 下段の方には、三つの章の性格を簡潔な言葉で表現しています。

 「 顔を曇らせた人々に黒く不吉な出来事/静かな人々に平穏な場所/そして

  人々が出くわしたもの/それが、私が写真で見せようとするものだ。」

  [ 陰気な人びとと暗い出来事/静かな人びとと穏やかな場所/人びとが出会

   うことがら/それを、わたしは写真で見せようと思う。]

 ㊟「」内は9月の展覧会の説明文、[]内は飯沢耕太郎『フォトグラファーズ』論文から、それぞ

  れ引用したもので、微妙なニュアンスの差異を感じます。  

 

 フランクがテグジュペリの言葉を引用したことを、飯沢さんは「ライフ」流のフォト・ジャーナリズムに対するフランク自身の不信のあらわれととらえたわけですが、まあ「僕の写真を見るときは、こんな心構えで見てくれたらうれしいんだけれど」というのがフランクの気持ちだったのでしょうか。きっと28歳のフランクにはこれが私の今考える写真語法だ、こう見てほしいとの切羽詰まった強い意思があったこととは思います。

 写真集の形ですが、三つの章それぞれの最初のページは、「黒」は12点、「白」は8点、「もの」は14点の写真について「タイトル/撮影場所/撮影年」が一覧できる目次のようなものがあって、それで仕切りされています。仕切りのあと、プリントが並べられており(プリントのページには目次に記された写真番号のみが掲載)、見開きの左か右のページに写真1点が基本ですが、見開きに2点の写真を対に並べているというページが4箇所あります。

 

 この写真集は、写真、写真集はかくありたいという若きフランクの初心の主張で貫かれているように感じられます。

 写真家であるフランクの編集力のことはこれまでにもふれていますが、6〜7年後の『The Americans』を予見するような、あるいはもっと直截にその力量が発揮されているようにさえ見えます。若いフランクはこれが私の見た世界ですと、この写真集を差し出しているようです。見る者に単純なストーリーや紋きりの感想を許さず、いささかの困惑を含んだ複雑な感情を喚起させずにはおかないフランクの写真集としての独特の語りが感じられるのです。

 このあたりのことを、二つの引用によって、提示しておくことにしましょう。

 まずは展覧会の会場に展覧されていたモンティ・バッカムという方の批評文、『The Americans』の中核にある「フランクの写真の数々と、生き生きと執拗なその連続性」について書いている部分は『ブラック・ホワイト・アンド・シングス』にもほぼ当てはまりますのでメモしておきます。

 「 ページからページへの優雅な結びつきと対比、静寂と躍動の戯れ、映画

  的な時間の流れ、親密さと孤立の面白い組み合わせ方、啓示と暗示、明瞭

  さと曖昧さがそこにある。」

 バッカムの文章は少しむつかしい言葉使いですが、ページを繰ると「結びつきと対比」がマジックのように展開されており、それが大きな流れとなって写真集を前へ進めていくという感覚をもつということです。

 もう一つ、ネット情報(アジェ・フォト)からの「ロバート・フランクのことば・名言集」から転載しておきます。

 「 私の写真は前もって計画したり構図を決めて撮ったものではない。写真

  を見る人が共感してくれるのを期待することもない。しかし、もしも私の

  写真が見る人の心になにかイメージを残すとしたら、そのとき何かが成し

  遂げられたと私は感じるのである。」

 そのための大きな一歩として、1952年、スイスの友人デザイナーであるヴェルナー・ツリートの協力を得て手作りした『ブラック・ホワイト・アンド・シングス』というたった3冊の写真集において、フランクは「人の心になにかイメージを残す」ことを念頭におきつつ、大変自覚的に編集し試作したものではないかというのが、私の感想です。 

 

 結局のところ写真集全体を前から順に見ていただくしかありませんが、ひとつの試みとして、三つのセクション別にさらにプリントをチョイスするという再編集にトライしてみたものをアップします。

 最初は「BLACK」です。冒頭の2枚はバレンシアの楽隊の「Parade」と黒服の「Procession」と黒ずんだ写真が続き、いずれも右から左へと移動する人々の姿が写しとられています。

 とにかく黒色の占める割合が大きい写真が続き、「顔を曇らせた人々に黒く不吉な出来事」「陰気な人びとと暗い出来事」に世界は閉じ込められているような感じになります。

  「Black」の12点です

  左は「6 Woman/Paris 1952」、右「7 Ticker Tape/New York 1951」

  見開きに2枚の写真が並べてあるのは「結びつきと対比」がわかりやすいのです

  「8 Boys/Valencia 1952」 裸足の少年、元のプリントもブレています

  左「11 Chauffeur/London 1951」、右「11 Funeral/Paris 1951」

  「12 Landscape/Peru 1948」 「Blackの最終ページの写真で「White」へ進んでいきます

 

 「BLACK」は写真6点で代表させましたが、最終ページのペルーの「Landscape」、ペルーの未舗装の道の先にやや斜めにのびる光の帯は、次の「WHITE」を呼び出しています。

 なお、見開きに2枚のプリントを対に掲載したページは、「BLACK」と「THINGS」にはそれぞれ2箇所ありますが、「WHITE」にはありません。それが意図したものかどうかは分かりませんが、その代わりに19の下から上へ移動する組み写真が入っているようにも感じます。

 「WHITE」の写真は確かに「BLACK」より白さを感じさせはしますが、「静かな人々に平穏な場所」「静かな人びとと穏やかな場所」という冒頭ページに掲げたフランクの説明をそのとおりだとうなづくことが私にはできませんでした。どちらかといえば「BLACK」と「WHITE」の関係は明確な対比というより、若きフランクの感性がとらえた世界として曖昧な連続の方が感じられたのです。 

  「White」の8点です 最初は「My Family」で当時の妻が息子パブロに授乳させています

  「14 Family」 13の自分の家族に続いてペルーの家族です

  「19 Couple/Paris 1949」 

  「20 Street Line/New York 1951」 「白」の最終ページの写真です

  「黒」の最終ページの「Landscape」と照応し、「Things」へ進んでいきます

 

 「WHITE」の最終ページの白い中央ラインの向こうに、「黒」と「白」の混在する「もの」、「そして人々が出くわしたもの」「人びとが出会うことがら」の「THINGS」の世界が広がっています。「THINGS」が「もの」なのか「こと」なのか、よく分かりはしませんが、いずれでもあるのでしょう。

 「BLACK」の最終ページのペルー「Landscape」と「WHITE」の最終ページのニューヨーク「Street Line」の照応関係は明らかだとしても、入れ替え可能だとも感じます。自然状態から都市化される世界が前提となっていて、ペルーそしてニューヨークの順番が決められたのかもしれません。何よりも次の章へと牽引するイメージであったのでしょう。

 「THINGS」は「Tulip」のパリではじまり、陰鬱なイメージを挟みながら、「Horse and Sun」のペルーで締めくくられます。そこには直線的には語りえない謎めいた世界の像とともに、プリントの連続はスピード感とリズムを生み出しているようでもあります。いわば「黒」と「白」の混在する世界を提示しつつ、写真集の最後はペルーのまぶしい逆光のなかの「Horse and Sun」で終わりを告げます。

  「Things」の14点です 31〜34は「Horse」が連続しています

  「22 Woman of Stone/New York 1951」 ブレは元の写真にもあります

  左「24 Men of Wood/Malaga 1952」、右「25 Men of Air/New York 1948」

  左「32 Dead Horse/Angers 1949」、右「33 Horses and Children/Paris 1952」

  「34 Horses and Sun/Peru 1948」 「Things」の最終ページでかつ写真集の最後の1枚です

 

 この薄い写真集をみて、トータルな作品であるとの印象を強く持ちました。写真集は1枚ずつの写真の集合で成り立っていますが、1枚の写真を切り離したうえで見るという行為と写真集をトータルに見るという行為は違うということです。つまり個々の写真プリントとは独立して、写真集は存在する、存在できるということです。

 当たり前のことを書いているのでしょうが、この写真集を見て、このことを強く意識することができました。私の見るような写真集は、ある写真家の代表的な写真群を再構成して編集した部厚い本であることが多いのです。すぐれた編集をへた写真集なら別かもしれませんが、多くはカタログのようなものなのです。もちろん独立した1枚の写真として見ることができるという相反するメリットはありますが。

 これに対し、『ブラック・ホワイト・アンド・シングス』のような写真集は、写真家の意図のもとに個々の写真が選択され集められ並べられることによって、いわば化学反応を起こすことができます。写真集に集められた写真を切り離して別々に見たときより、個々の写真から発信される情報もパワーアップしますし、全体として一つの作品としての力、強いエネルギーを放射することになります。

 そんな写真集がすぐれた写真集だといえるのなら、『ブラック・ホワイト・アンド・シングス』はまさにそうした写真集だといえます。

 

 さて、最後に9月の神戸でのロバート・フランクの展覧会との関係を少しみておくことにします。

 この展覧会は「Books&Films」とネーミングされていることからも写真集を意識したものであることがわかります。『ブラック・ホワイト・アンド・シングス』の展示された写真は4本の垂れ幕に印刷されていたはずですが、私が撮った写真にはそのうち2本、あえていえばプラス半本しか残されておらず、残念ながら中途半端なものとなっています。

 前のブログとも重複しますが、アップしてみます。そこには前段でアップした写真の一部が再構成されて登場しています。

  神戸展の『ブラック・ホワイト・アンド・シングス』の垂れ幕の1本

  同上の別の1本

  同上の別の半本 左下の写真はニューヨークと思いこんでいましたが、ベニスです

 

 こうして写真集を見てから、展覧会の写真を見ると、展覧会は展覧会で編集されていることがわかります。今回、写真集をその編集に沿い「BLACK」「WHITE」「THINGS」に区分して、34点の掲載プリントから15点をチョイスして並べてみました。この展覧会では、垂れ幕ごとに「黒」「白」「もの」を区分する方法は採用されずに、1本の垂れ幕には写真集で「黒」「白」「もの」に区分されていた写真が混在するように構成されているのです。

 今回の展覧会の『ブラック・ホワイト・アンド・シングス』にかかるシュタイデルとフランクの編集意図が明確にわかるというわけではありませんが、他の写真集も含めて比較すると、もっと何か感じとることができるかもしれません。ともあれ垂れ幕という限られたスぺースに写真集に掲載された写真を選択して並べるという編集的作業はむつかしく考えれば考えるほどややこしくなりそうです。

 でもそこは練達の編集者でもあるシュタイデルとフランクは、それなりにスピーディーに決めたような気がします。『ブラック・ホワイト・アンド・シングス』についていえば、個々の写真のインパクトもありますが、「黒」と「白」の混在によるバランスやリズムということを、前記した「結びつきと対比」を重視しているように感じます。

 

 突然のようにロバート・フランクの『ブラック・ホワイト・アンド・シングス』が現れたことによって書くことになった今回のブログで強調しておきたいのは、個々の写真とは別に写真集は写真集という独立したジャンルとして存在できるのだということです。1枚の写真と真の意味での写真集の間には何か次元の違いというか、あのセンターラインのようなギザギザの線が存在しているともいえます。

 このような趣旨からすると、同時にまた、展覧会は展覧会として存在しているということです。神戸でのフランク展が素晴らしかったというのは、通常の展覧会においてもテーマ区分、見せ方、並べ方など学芸員の方が苦労されているわけですが、やはりシュタイデルとフランクという当事者が展覧会に深く関わることによってもたらされたと感じています。垂れ幕の各1本には写真集からの複数の写真が再構成されて印刷をしているわけですから、展覧会全体がオリジナルとは別の新しい写真集だということもできます。

 

 私にとって、写真集が手元にありながら見失っていたロバート・フランクの展覧会がたまたま神戸で開催されたことによって、写真のこと、写真集のこと、写真家のことを言葉にする機会がもてたことはとてもありがたいことでした。ある意味で想定外のこと、予期していなかったロバート・フランクへの私の旅をこれで終えることにします。

 

【ロバート・フランク展関係の当ブログ】

 🔹「僕の写真は自分が忘れたくないものを写したものだろう」

       ーRobert Frank: Books and Films,1947-2017 in Kobeー

    2017.9.11:  (1)   /  10.13:(2-)(2-)   

 

 

 

 

 

 

 

 

2018.06.21 Thursday

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60代後半。兵庫県在住。ニックネームは「パンテオンの穴」。
リタイア後の日々の中で思いを泳がせて、あるいは思いが泳いで 感じたこと、考えたことなどを、のんびりと綴っています。
                         
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